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鯨の哭く海


当ブログ記事の無断転載は堅くお断りします。


さて黒と白のグランドクロスの続稿です。
前回はピアノ。今回は鯨です。
(次回は横断歩道の予定ですので各自掘り下げてください)

2018年12月26日に商業捕鯨再開が決定された鯨。
26は女真族の象徴化です(27はキッコーマンの象徴化)。

何回か書きましたが日本語の方が英語よりも序列が高い。
まず日本語ありきで次に英語が来ます。
アルファベット26文字の最後に来るのがZです。
そのZの元型は乙なのです。

そう、アンドレアス・テイール原作『乙嫁語り』の乙です。
女真族のルーツをアリエナイほど美化した、
謂わば国策マンガとでも申しましょうか。
中央アジア五カ国との連携を強調するために、
外務省のホームページでも紹介されているマンガです。

ちょっと話が寄り道してしまいましたね。
では鯨の定義からまいりましょう。




定義 鯨
中央アジア平原に発祥した家畜祭祀呪術集団(匈奴 女真族 ユミルの民 真正ユダヤ人)が、
16~17世紀に開始した大侵略及び大航海時代の乱獲により絶滅の危機に瀕した種の代表格。
不幸にして人肉に近い美味なる肉味を持つがゆえに(尾の身の刺身は人肉のそれに最も近い)、
ももんじ屋(江戸の特権階級に獣肉を食わせる専門店)で山鯨(猪)とともに珍重されていた。




鯨の錬金術的哲学に於ける意義
錬金術的哲学とはゲルマンの哲学の天才の創案になるもので、
別名オルペウス教、イルミナチオ、 666、統一ともいう。
実態は後期大乗5割・道教3割・易経2割の混淆の集大成からなる呪術である。
錬金術的哲学に於ける鯨の意義は賢者の子を復活させるための容器(ペリカン)。
鯨に呑み込まれて三日三晩の後に吐き出されたヨナはキリストの復活劇の元型。
(鯨幕が葬式で使われるのは黒と白の体色があの世とこの世のグランドクロスの象徴化だから)



参照① ゲルマンの哲学の天才考案『心理学と錬金術Ⅱ』
引用している図も史料もすべて人類の改竄を図るための捏造資料である。
以下の図もすべて江戸時代の出来事を創作神話に仕立てたものである。


隅田川は弥勒信仰の象徴化



ペリシテ人=江戸の真正ユダヤ人 サムソン=ユミルの民(柳鍋) 
キリスト=ユミルの民(真正オカマ) ヨナ=鯨方(太地の鯨獲り)








参照② アンドレアス・テイール原作『鯨の哭く海』
 
五つの白い柱=中央アジア五カ国
金色の杖を持つ真正オカマ=プロスペロー
(テンペストの主人公 伊達氏 壁の王)

プロスペローが立っている柱=江戸時代の日本




シェイクスピアはゲルマンの文学部門の天才集団の異名である。




こちらはアンドレアス創案の意匠からなるテンペスト
https://www.youtube.com/watch?v=rw03uCfM0QM




前掲書の内扉にある太地の地図
 




前掲書の中にある重要なライン
石和⇔塩山⇔秩父のライン





前掲書の中にある重要な町
那智勝浦の那智。
那智はナチスの語源である。
ナチスは大日本帝国の鏡像である。
すなわち神聖R帝国の雛形経綸である。
ナチスの中核にはユダヤハイブリッド種が君臨している。
ユダヤハイブリッド種はスラヴ系王族のバケの皮を被っている。
大日本帝国の中核には真正ユダヤが君臨している。
真正ユダヤは日本、中国、韓国、北朝鮮のトップ1割を独占している。
那智は滝(李王朝の象意)の名所である。
那智は那智黒(黒い碁石 あの世の象意)を産出する。
那智は生身のまま此岸から彼岸へ渡る旅の始点である。




以下前掲書の本文より抜粋


  イルカとは体長四メートル以下の、れっきとした「クジラ」なのである。

その他、小さい順にゆくと、ミンククジラ、ツチクジラ、コククジラ、イワシクジラ、ザトウクジラ、マッコウクジラ、セミクジラ、ホッキョククジラ、ナガスクジラ、シロナガスクジラ等々、世界には八十種類もの鯨類が生息している。

 この中で最も価値の高い種類はもちろんシロナガスクジラということになる。かつて捕鯨が盛んだった頃は、日本やノルウエーなどの捕鯨王国を筆頭に、各国の捕鯨船団がこぞってシロナガスクジラを獲りまくった。食糧難を解決するためという本来の目的を逸脱して、単なる競争心理に突き動かされていたことは否めない。その証拠に「捕鯨オリンピック」などという言い方もあったらしい。

 その結果、初期にはおよそ二十万頭生息していたと推定されるシロナガスクジラが、一九六〇年代には五百頭にまで激減し、絶滅の危機さえあった。六四年以降、シロナガスクジラの捕獲は禁止されたが、現在に至ってもようやく千二百頭程度にまでしか回復していないという。

 一九八二年に商業穂系の一時停止が国際捕鯨委員会(IWC)で議決、八八年に実施された。日本の捕鯨船団は壊滅し、船団を抱えていた大手漁業会社は存立の危機に晒された。その後、日本は「調査捕鯨」という窮余の策を考え出し、鯨資源の実情を調査する名目で、ミンククジラなど、小型で比較的始原の潤沢なクジラを捕獲している。現在、専門のクジラ料理店や店頭で売られているのはこれである。

(中略)

 クジラは一度に一頭の子を産み、泳ぎ方や餌の取り方などを教えながら、大海原をはるかまで旅する。それはまるで、人間の親子と同じようだ。事実、南氷洋にはシロナガスクジラの「家」がある―という表現をする学者もいた。
 
 まだ近代捕鯨が導入される以前の、漁師が自ら銛を投げ刺してクジラを獲っていた時代には、親子連れのクジラは獲ってはいけないし、謝って親クジラを殺した場合には、子クジラも殺さなければならなかったと聞いたことがある。親を失った子クジラはひとりでは生きていけないからだそうだ。

 そういうことを知りながら、「捕鯨オリンピック」と言われるような、過剰な競争心でクジラを獲っていた時代がある。そのとき捕鯨に携わっていた人々は、どのような思いだったのだろう。

(中略)


 念のために「角川日本地名大辞典」で「太地」の項を引くと、「太地村」の項のところに次のように書いてあった。

 〔慶長十一年、当村の和田頼元が泉州境の伊右衛門と尾州知多郡師崎の伝次をかたらい、鯨突きを始めたのが、熊野地方捕鯨業の嚆矢と伝え、延宝元年には網とり捕鯨が創案され、始めは藁網、のちに苧網に変えて捕獲量が伸び、天和六年暮から翌年晩春にかけて九十五頭をとったという。〕

 慶長十一年というと一六〇六年、いまから四百年近い昔だ。そのことから見ても、捕鯨発祥の地というのは間違いなさそうだ。

 それにしても、太地の人間が、わざわざ泉州(大坂)境の人間と、知多郡(愛知県)の人間を「かたらった」というのが面白い。なぜわざわざそんな遠くの人間に声をかけなければならなかったのか、そこにいったいどういう「物語」があったのか、余計なことだけれど、そっちのほうにも興味を惹かれた。


引用者注
太地村の徳川氏、泉州の伊達氏、尾張の真田氏の三者協議で鯨突きが開始されたのである。


(大幅に中略)

 それにしても、改めて地図を眺めると、太地というのはいかにも小さい町であることが分かる。「岬の町」というが、まったくその通りで、広大な那智勝浦町の東に、出ベソのように突き出した岬だけの町域だ。自治省が町村合併を推進した時期には、当然、国の指導による他の町との合併問題が浮上しただろう。それに従わなかったのは、「クジラ」という太地町独自の財産があったことと、それ以上に太地の住人の矜恃というか狷介というか、容易に妥協しない頑固さが壁を作っていたのかもしれない。


引用者注 それは太地町が壁の王の天領だからである。



〔ノルウエーのグレーグッセン漁業相は、同国近海で捕獲した鯨肉の輸出を解禁すると発表した。輸出先には言及していないが、主に日本市場向けとみられる。
 同魚礁相は記者会見でことしのクジラの捕獲量を六百トンと推定。鯨肉約百五十トンを輸出に回せるとし、日本人が好む「尾の身」やベーコン用の「脂身」なども輸出対象であると語った。
 ワシントン条約ではクジラの商取引は禁止されている。この決定を留保している日本やノルウエーでは、法的には問題ないが、環境保護団体をはじめとsる、反捕鯨国の批判を浴びるのは必必至と見られる。〕


それにしても、自分の手を汚さずに、ノルウエーが捕獲したクジラを輸入しようという根性は情けないですね。そうまでしてクジラを食べたいのかなあ。


引用者注 
まったくの愚問である。そうまでして食べたいに決まっているだろうが。
何せ中央アジア平原から出張ってきて世界中のあちこち侵略しまくった挙句、
果てはヴァイキングとなって人的資源&水産資源を乱獲して捕鯨の嚆矢となったのだ。
平和とは戦争と戦争の間に奏でるつかの間のインテルメッツォに過ぎない。
捕鯨禁止とは捕鯨と捕鯨の間に奏でるつかの間のモラトリアムに過ぎない。
であるからこそ同じ穴のノルウエーには神聖R帝国の前駆形態として捕鯨させてきたのである。
天梨花を核保有大国に仕立てて自ら企てた悪事のために至便に使っているのと同じ構図で、
壁の王が自らの正体を隠し、ゼッタイにメンツを汚さない、というのは大切なポイントである。


そして遂にユミルの民の故郷サライの象意を持つ人物が登場する。



財団法人ノルウエー貿易振興協会日本本部西関東駐在所 所長 更井秀敬(さらいひでたか)


(中略)

 「永野氏(引用者注 太地出身 先祖は鯨漁の船大工 捕鯨推進派の雄)がノルウエー貿易振興協会の東京本部ならともかく、秩父の支部と密接に付き合っているというのは、かなり意味のあることだと思います。というのは、きのう記事をお見せした例の鯨肉の輸出問題、あれを秩父の更井さんが扱っていたのじゃないでしょうか。これは想像ですが、鯨肉の取引はかなり以前から水面下で計画されていたはずです。あんなふうにマスコミに流すのは、いよいよ最終段階に入ったのであって、それまでは相当、長いあいだ日本とノルウエー両国の関係者間で、隠密裡に調整作業が進められていたにちがいありません。だとすると、中央の東京本部ではなく、秩父支部のような誰も注目しないところが情報交換の場所としてふさわしい。そして永野氏がその交流の仲介役を務めていると考えれば、夜中に秩父を訪れた理由も分かります」


(中略)

 浅見はクジラ問題を語る象徴的な場所として太地を選んだ。その選択は間違っていなかったと思う。太地はまさにクジラと共に生きてきた町なのであった。そうして、数多くの資料本を繙いているうちに、その太地でかつて、三百年の捕鯨の歴史に終止符を打つような、恐ろしい悲劇が起きたことを知った。

 資料にしたのは太地五郎作(たいじごろさく)という人物が書いた『熊野太地浦捕鯨乃話』と題する本である。太地五郎作は太地鯨方宗家である和田氏一門の人で、明治七年に太地で生まれた。生まれながらに太地の捕鯨を間近に見る立場にあったといえる。と同時に、父祖や周囲の人々から捕鯨の歴史を語り伝えられた。古式捕鯨に関する記録としては、これ以上のものはないとされる貴重な書物だ。

 明治十一年十二月二十四日(引用者注 錬金術を司るバフォメットの象意)―太地浦沖を母子連れのセミクジラが遊弋しているのを、山見台の監視役が知らせてきた。
 当時、太地は長期の不良に喘いでいた。このままでは年が越せないと嘆く漁師たちが少なくなかった。そこへ飛び込んできた「セミクジラ発見」の報は、文字通りの快報だったにちがいない。

 しかし、鯨方の宗家である和田金右衛門は出漁に反対した。
 クジラ獲りの戒めとして「背美(せみ)の児持ち(こもち)は夢に見るな」という諺がある。セミクジラはとりわけ勇猛である。クジラは母性愛が強く、子クジラに手を出せば、母クジラは子を守ろうとして大暴れするし、母クジラに手を出せば、さらに大暴れする。しかもすでに夕刻が迫っているし、天候と時間からいって、無理に出漁するのは極めて危険である。

 金右衛門はそのことを言い、クジラを獲りたいという気持ちは分かるが、今回は見送るべし―と結論づけた。

 ところが、宗家一門の角右衛門(引用者注 伊達氏の鬼の象意)という人物が現われて、この千載一遇のチャンスをものにしなくてどうする―と主張した。両者の意見は真っ向からぶつかったが、金右衛門はついにサジを投げ、結局、角右衛門の指揮で出漁することとなった。船団は二十数艘、総人数は百数十名と思われる。

 予想どおり、母クジラの抵抗はすさまじいものがあった。悪戦苦闘の末、母子クジラを何とか仕留めることができたが、時刻はすでに夜にかかり、しかも西の季節風が吹きつのってきた。大網にかかった獲物は重く、勢子舟が束になってかかっても、強風に逆らって進むことができない。みるみるうちに陸地が遠ざかってゆく。いまはこれまでと、せっっかくの獲物を網を切って流し、必死になって櫓を漕いだが、やがて力尽き、船団は太平洋のはるか沖合に散り散りになって流され、百十数名の犠牲者を出すことになった。

 海上で伊豆付近のマグロ船に救出された者もいたし、遠く伊豆七島に流れ着いて助けられた者もいるが、それはごく少数だった。

 この悲劇は「太地の背美流れ」と呼ばれ、太地浦の鯨方は船と漁師のほとんどを失ったことと、その後の補償問題などで再起不能となって、三百年つづいた太地の伝統的捕鯨の歴史はここに幕を閉じたのである。


以上抜粋





要点を捕捉しておきます。




〇味方による壊滅方式
その①『背美流れの悲劇』
太地町の鯨方が壊滅したのは決して偶発的な出来事ではない。
ミッドウエー海戦の『運命の5分間』に於いて、
味方が連合艦隊を壊滅に導いたように、
それは紛れもなく神の計らいだったのである。



その②『運命の5分間』
草鹿龍之介と淵田美津雄と奥宮正武の3人のホラ吹きが組んで、
ミッドウエー海戦の『敗因』としてブチ上げたキャッチコピー。   
実際のところ『運命の5分間』というのは2時間もの長さがある。
連合艦隊の完勝に終った戦闘から2時間経過した頃合いを見計らって、
闘いを終えた戦闘機、ヤプーの戦闘機乗り、爆装を変換した機雷をずらりと甲板上に並べさせ、
安心しきったところを熟練の味方が乗った戦闘機が雲の切れ目から急襲して撃沈したのである。
日本と天梨花の研究者の間ではこれを『ミッドウエーの奇蹟』と呼び慣わしている。


〇ノルウエー
ノルウエーは日本の双子である。
文字通り血の繋がった双生児である。
元は一つのものが分かれて、
西の怪物と東の怪物となっている。





では次に捕鯨再開についての参考意見を見ていきましょう。




参考意見① nek********さん(ヤフー知恵袋より)
現在のノルウェーの捕鯨と、日本の捕鯨とでは、性格が異なります。

ノルウェーの捕鯨は、ノルウェーの領海内(あるいは排他的経済水域内)で行われており、公海では行われていません。そういう意味で「自国内で完結する捕鯨」となっています。

対して日本の捕鯨は、公海で行われており、その公海がまたオーストラリアのご近所だったりするもので、オーストラリアとしてはノルウェーの捕鯨より日本の捕鯨の方が、問題としての優先順位が高いということになります。なお、イギリスなど現在の反捕鯨国の中には、日本に対しても「自国の領海内で捕鯨をする分にはとやかく言わないから、とにかく公海捕鯨をやめろ」という要求をしているところが少なくありません。
領海内捕鯨の場合、領海内のクジラ資源が枯渇したらそこで捕鯨産業は終わりになりますから、公海捕鯨と比べると資源管理を真面目にやることが期待できるなど、いろいろと差があります。

逆の言い方をすれば、「日本も、公海捕鯨をやめ、領海内(あるいは排他的経済水域内)での沿岸捕鯨だけに切り替えれば、現在のノルウェーと同じ程度にまで、批判が減少することが期待できる」ということでもあります。まあ、ノルウェーの捕鯨にだって批判がないわけではなく、批判を皆無にできるわけじゃありませんけどね。でも現状のような「世界中から批判されている」という状況ではなくなることでしょう。

おまけですが。
鯨類を減らしたのは、欧米だけとは限りません。日本の捕鯨推進派はしばしば「クジラを減らしたのは欧米の鯨油目的捕鯨だ」と主張していますが、それは実態をよくご存知ないから言えることなんです。
日本は第二次世界大戦の敗戦後に遠洋捕鯨を本格化しましたが、そのわずか半世紀程度の捕鯨の歴史の中で、実に歴代で3位となるほどの乱獲捕鯨を展開しました。第二次世界大戦後に限って言えばノルウェーについで2位、1960年以降に限定すれば世界一の乱獲捕鯨国だったのです。また、その主たる目的は必ずしも「鯨肉」であるとは言えず、「鯨油」もまた重要な目的となっていました(鯨油は当時高い値段で取引されるものであり、戦後復興のための外貨獲得手段として貴重なものとなったため。鯨肉は鯨油の余禄であり、鯨油だけで採算が取れていたから鯨肉を安価に供給できた)。
捕鯨問題を語るにあたっては、「日本の遠洋捕鯨は欧米の捕鯨に負けず劣らず犯罪的な乱獲捕鯨だったのであり、そこを批判されているのだ」という視点は絶対に必要なものだと思います。誰も日本の「伝統捕鯨」を批判したりはしていないんですよ。




参考意見② 資源管理部国際課
担当者:捕鯨班の意見
代表:03-3502-8111(内線6762)
ダイヤルイン:03-3502-2443
FAX番号:03-3504-2649


Q1:日本はどうして絶滅にひんしたクジラをとるのか?


一言で「クジラ」と言っても、80種あまりもおり、シロナガスクジラのように絶滅の危機に瀕している種類もあれば、ミンククジラのように資源量が極めて豊富な種類もいます。

日本の調査捕鯨では、ミンククジラ、ニタリクジラ、イワシクジラ、マッコウクジラ、ナガスクジラを捕獲していますが、調査の際には、現在の資源量に悪影響を与えないような捕獲頭数を科学的手法により算出し、その頭数の範囲内で捕獲を行っています。

日本は、資源が豊富なクジラの種・系群を枯渇させることなく持続的に利用することを基本方針としており、シロナガスクジラのように個体数の少ない種類については積極的に保護に取り組んでいます。



Q2:調査捕鯨は疑似商業捕鯨ではないか?


調査捕鯨では、1頭1頭のクジラから、それぞれ100項目以上の科学データが収集されています。その分析結果は、毎年国際捕鯨委員会(IWC)科学委員会に報告されており、高い評価を得ています。

また、調査が終わった後の鯨肉は市場で販売されていますが、これは国際捕鯨取締条約において、捕獲したクジラは可能な限り加工して利用しなければならないと規定されていることに基づいているものです。

調査捕鯨は、鯨類の調査のために行われているものであり、鯨肉を販売することを目的にして行われているものではありません。



Q3:日本は海外援助で発展途上国の票を買っているのではないか?


そのようなことは行っていません。日本の海外援助は世界の150カ国以上を対象に行っていますが、この中には常に反捕鯨の政策をとっている国も含まれています。

鯨類資源の持続的利用を支持する国々は、各国の意志に基づきその考え方を支持しているのです。


Q4:クジラを殺さなくとも調査はできるのではないか?


クジラの資源管理には、さまざまなデータが必要となります。例えば、資源管理のために必要な年齢についての正確なデータは、現在のところ、内耳に蓄積する耳あかの固まり(耳垢栓)や歯がなければ、得ることができません。また、クジラがいつ、どこで、何をどれくらい食べるかを知るためには、胃の内容物を見るしか方法がありません。これらはいずれもクジラを捕獲しなければ得られないデータです。

もちろん、クジラを捕獲しなくても得られるデータについては、捕獲を行わずに目視調査などにより入手しています。実際、日本が中心となって実施している目視調査は世界でも最も充実したものとなっています。

鯨類資源に関する調査においては、調査目的に応じて必要な科学データを得るために、それぞれに最適な方法に用いているのです。


Q5:どうして世界の世論に反して捕鯨を行うのか?


鯨類の持続的利用は世界の多くの国が支持する考え方であり、反捕鯨は世界の世論では決してありません。国際捕鯨委員会(IWC)においても、加盟国の半数近くが鯨類の持続的利用に賛成しており、2006年の年次会合では、持続的利用支持国が反捕鯨国を上回りました。

また、そもそも国際捕鯨取締条約は鯨類の持続的利用をその目的としており、この条約に基づき、国際捕鯨委員会(IWC)が設立されています。適切な資源管理の下、豊富な資源量を有する鯨種・系群について持続的に利用することは、元来認められていることなのです。



Q6:クジラを食べなくても他に食べ物があるのではないか?


第一に、水産資源の持続的利用は、国際法上も謳われているものですが、現在は、鯨類という持続的に利用できる水産資源を利用できないという、矛盾した状況と言えます。科学的にも、法的にも正当な捕鯨が、国際的に認められている水産資源の持続的利用の原則に反して否定されてきたということが、そもそも問題なのです。

第二に、食は量さえ足りれば何を食べても変わらないというものではありません。世界各国の民族は、それぞれの生活環境、自然、そして歴史に基づく食文化を発展させ、維持してきました。クジラを獲り食べることは、そのような食習慣を有する地域の人々にとってかけがえのない文化なのです。

第三に、過剰保護による鯨類の増加が他の漁業資源に悪影響を与えている可能性があり得ることが、これまでの研究により示唆されています。特定の生物を過剰に保護することは、海洋生態系のバランスを崩し、私たちが食する他の水産資源にも影響を与えかねません。


Q7:クジラは特別な動物と思わないか?


クジラに限らず、すべての動物が特別なものです。すべての動物がかけがえのない生命を持ち、食う食われるの関係で生態系の中での役割を果たしています。もちろん、人間もこの生態系の一部です。

他方、人間は様々な民族や国民が様々な生き物に特別の地位を与えています。例えば、多くの国で食料とみなされる牛も、インドでは神聖な動物です。ある民族や国民が自らの特定の動物に対する価値観を他の民族や国民に押しつける行為は許されるべきではありません。これは、クジラについても同様です。

全ての生物を客観的に理解することが必要です。


Q8:捕鯨が再開されれば必ず乱獲になる?


1960年代以前の捕鯨は確かに乱獲の歴史でした。しかし、乱獲を防ぎ、鯨類資源を持続的に利用するために設立された組織が「国際捕鯨委員会(IWC)」であり、IWC科学委員会では、世界各国の専門家が長い年月をかけ、鯨類資源の枯渇の可能性をほぼ排除した改訂管理方式(RMP)を作り上げています。さらに、捕鯨活動を監視し、取り締まる制度(RMS)も実質上完成しています(しかしながら、反捕鯨国の反対により未だに商業捕鯨は再開されていません)。

適切な資源管理のもと捕獲を行えば、乱獲になることはありません。これは、クジラに限らず、どのような水産資源でも同じことです。



Q9:調査のために毎年850頭ものミンククジラを捕獲する必要があるのか?


天然生物資源の動向を把握するための科学データには、統計学的に一定以上の「確かさ」が必要です。この「確かさ」がなければ、どんな調査も意味のないものになってしまいます。何十万頭もいるクジラに関する科学データについて、必要最低限の「確かさ」を得るためには一定の数のサンプル(標本)が必要となります(例えば、日本人の平均身長を知りたいと思ったとき、10人の身長をはかるだけでは分からないのと同じことです)。

調査捕鯨における捕獲頭数は、統計学的な計算に基づいて決められた数字なのです。


Q10:クジラの肉は汚染されている?


海洋には天然由来の水銀が存在します。水銀の蓄積は、海洋生物全てに共通の自然現象です。ただし、生態系(食物連鎖)の高次に位置する鯨類への水銀蓄積量が比較的高いことは事実です。

国内で流通している鯨肉(調査捕鯨の副産物鯨肉、輸入鯨肉)は、事前に水銀・PCBについて検査を行い、厚生労働省が定めた暫定基準値をクリアしたものです。特に、南極海鯨類捕獲調査の副産物鯨肉については、汚染の極めて少ない南氷洋で捕獲されたものであり、他の食料と比較しても極めて汚染度が低いことが知られています。(具体的な分析値については日本鯨類研究所のホームページhttp://www.icrwhale.org/に記載されています。)




参考意見③ 水産庁 
捕鯨の部屋
日本捕鯨協会Q&A
I 捕鯨問題全般について


1 日本政府は、世界の人々の環境保護への願いを受け止めるべきである。

(回答) 人類が生きていくためには、環境との調和が不可欠であることは、言うまでもありません。日本が行っている調査のための鯨の捕獲は、資源状態が極めて健全な鯨種だけを対象としており、かつ、それぞれの資源量の1%にも達しない水準であり、環境に影響を及ぼすほどの水準にはありません。将来において商業捕鯨が再開されたとしても、その捕獲頭数は元本には手をつけず利息部分内に限る捕獲頭数に限定すべきであると考えます。
BSEや鳥インフルエンザの脅威から、最近では水産物の需要が国際的に高まる傾向にあり、日本が主張するクジラを含めた海洋生物資源の持続的利用の立場は、世界的にもますます重要なものとなると思います。
反捕鯨団体のキャンペーンは、クジラを環境保護の象徴にして、他の重要な問題から目をそらさせようとするなどの別の意図を感じます。

2 国際社会から後ろ指を指されるような行為に,子供たちが知らないうちに加担するようなことがあってはならない。

(回答) 国際社会においては、異なる文化をお互いに尊重し合う精神が必要であり、自国の価値観を他国に押しつけるような行為は慎むべきです。子供たちには、自国の伝統と文化に誇りと自信を持たせるべきであり、外国の一部の意見に迎合して、自国の国民と文化を卑しめるような卑屈で誤った認識を持たせることのほうが問題であると考えます。


II 鯨資源の利用の是非について


1 鯨は、絶滅の危機に瀕している。

(回答) クジラは83種類あり、資源水準はそれぞれ種類によって異なります。シロナガスクジラやセミクジラなど、資源量が低い水準まで落ち込み、保護が必要な種もいます。一方、ミンククジラ、イワシクジラ、ナガスクジラなど、日本が調査の対象として捕獲しているクジラは、年々増加しており、極めて健全な資源状態にあることがIWC科学委員会において認められています。

2 日本は、世界中が反対しているにもかかわらず捕鯨を続けている。

(回答)  捕鯨に反対しているのは、欧米を中心とする国々で、決して世界中が捕鯨に反対しているわけではありません。国際捕鯨委員会(IWC:加盟81カ国)では、半数近い国が日本とともに鯨類資源の持続的利用を支持しています。

3 世界が反対する中で捕鯨を続けるのは、日本の国際的立場を悪くする。

(回答)  捕鯨に反対しているのは、食料供給のため水産資源に依存する必要性が低い欧米諸国が中心です。一方で、国土を海に囲まれた日本としては、鯨類を含む海洋生物資源を人類の食料として有効利用すべきという主張を、粘り強く続ける必要がありますが、多くの国がこれを支持しており、このような主張を続けることで日本が国際的に孤立したり立場が悪くなるといったことはありません。仮に、反捕鯨国や反捕鯨団体の圧力に屈して日本が従来の立場を転換すれば、全ての海洋生物資源を食料として有効利用すべきであるという日本の主張を支持してくれている国々の期待と信頼を裏切ることになり、逆に日本の国際的立場を大きく損なうことになります。

4 日本は海外への経済援助(ODA)で票買いをして味方を増やしている。

(回答)  日本はこれまで反捕鯨国に対しても捕鯨支持国と同様、経済援助を実施してきており、このような批判は全く根拠のないものです。こうした発言は、途上国を侮辱するものであり、カリブ諸国などは怒りを表しています。

5 南極海にまで日本が鯨を捕りに行くのは反対だ。日本の200海里内に限るべきだ。

(回答)  クジラは人類の貴重な食料資源であり、これからの世界の食料事情を考えると、その豊富な資源は人類のために大切に利用される必要があると考えます。鯨類のような生物資源には再生産力があり、その範囲内で資源を利用している限り、資源を減少させることはありません。南極海は鯨類資源の宝庫であり、こうした海域での資源調査を続けることは人類の食料問題の解決に貢献するものです。
また、今日、土壌汚染や水不足問題などにより、陸上での食糧増産が疑問視されてきています。従い、海洋生物資源を、遠洋、近海にかかわらず持続的に利用することの重要性が、今後ますます高まってきています。日本が、近海のみならず南極海でも鯨類捕獲調査を行っているのはこうした原理原則に基づくものです。 南極海をやめて200海里内だけに限るという考え方は、この原則に反するものです。

6 鯨は、ホエールウォッチングの対象として見るもので、いまや食べるものではない。

(回答)  日本人は縄文時代から鯨を食料として利用してきました。日本人は永い年月をかけ、鯨体を無駄なく利用する技術と料理法を編み出し、誇るべき食文化として培ってきました。また、鯨肉は他の畜肉と比較し、高タンパク、低脂肪、低カロリーで栄養価の面からも優れた安心・安全な食品です。今後も日本の伝統文化を大切にし、クジラは日本人の健康を維持する食料資源として利用される必要があります。
捕鯨は、科学的根拠に基づく、適正な捕獲頭数の範囲内で実施されるものであり、捕鯨とホエールウォッチングの両立は可能です。

7 戦後の食料不足の時代ならともかく、飽食の時代に、わざわざ鯨の肉を食べなくてもいい。

(回答)  我が国の食料自給率はカロリーベースで40%を切っています。そうした中で、食料生産手段の一つの選択肢として捕鯨を維持していくことは、将来、我々日本人が直面するおそれのある食料不足という非常事態への備えという意味でも極めて有意義なことです。

8 鯨が魚を食べるから漁業資源が少なくなるというのは嘘だ。資源の枯渇は漁業者の乱獲や自然環境の変化によるところが多い。

(回答)  世界中の鯨類が捕食する海洋生物の量は、世界の漁業生産量の3~5倍に上ります。また、日本近海において鯨類が、カタクチイワシ、サンマ、スケソウダラなど、漁業の重要魚種を大量に捕食していることが胃内容物調査で明らかになっています。鯨類が大量の魚を捕食していることは事実であり、鯨を間引くことでその分人間が魚を利用できることは間違いありません。実際に、沿岸漁業者などからクジラによる漁業被害に対する苦情が出ており、早急な対策が必要です。
また、クジラは海の食物連鎖の中で最上位の捕食者であり、クジラだけをいたずらに保護することは海洋生態系のバランスを崩すことになります。


III 鯨類捕獲調査について


1 日本は、世界中が認めた鯨の保護海域で鯨を殺している。

(回答)  南極海における鯨類捕獲調査は国際捕鯨取締条約第8条で認められた加盟国の権利であり、国際法上全く合法的な活動です。また、日本は、南大洋鯨類サンクチュアリーに対しては同条約で認められた異議申し立てを行使していて、条約上これに拘束されることはありません。

(注)豪州は、同国が主張する南極領土の排他的経済水域(EEZ)で同国の許可なく、日本が、調査捕鯨を行っていると非難していますが、1961年の南極条約により、南極における領有権を主張しないことが世界の大勢となっており、豪州による南極領土の主張は国際的な合意に基づかない一方的なものです。

2 日本は、絶滅危惧種に指定されている鯨まで殺している。

(回答)  日本は、資源が健全な鯨類までも全て捕獲禁止とした国際捕鯨委員会(IWC)による商業捕鯨モラトリアムに対して、科学的根拠がないとしてその撤回を求め続けています。
絶滅危惧種の国際取引を規制しているワシントン条約についても、この商業捕鯨モラトリアム(一時禁止)を根拠に、すべての大型鯨類を絶滅危惧種に指定していますが、日本は、上記の捕鯨モラトリアム同様、科学的根拠がないとして、その規制に対し留保しており、拘束される立場にはありません。 別表のとおり、日本が鯨類捕獲調査で捕獲対象とする鯨種はすべて資源量が健全です。

(注)国際捕鯨委員会(IWC)による商業捕鯨モラトリアムの対象となっている鯨種
シロナガスクジラ、ナガスクジラ、ホッキョククジラ、セミクジラ、イワシクジラ、
マッコウクジラ、ザトウクジラ、コククジラ、ニタリクジラ、ミンククジラ、
キタトックリクジラ、ミナミトックリクジラ、コセミクジラ(以上、13種)

3 日本の調査捕鯨は、擬似商業捕鯨だ。

(回答)  調査捕鯨では、調査計画に従い、事前に決められた航路をジグザグに航行し、発見した鯨群からランダムにサンプルを採集し、サンプル一頭から100項目以上のデータが収集されています。こうして得られた調査結果は、毎年IWC科学委員会に提出され、科学者から高い評価を得ています。
なお、反捕鯨団体は、鯨類捕獲調査の副産物である鯨肉が販売されていることを理由に「疑似商業捕鯨だ」といった批判を行っていますが、調査のために捕獲された副産物は、国際捕鯨取締条約第8条第2項の規定に従って可能な限り加工され、その収得金は、次の調査のために使われています。
日本の鯨類捕獲調査は、国際捕鯨取締条約第8条に定められた締約国の正当な活動であり、疑似商業捕鯨という批判は全くの見当ちがいです。

4 鯨の生態調査は、殺さなくてもできる。

(回答)  クジラの調査には、目視調査などクジラを捕獲しないで行う調査(非致死的調査)と、クジラの年齢を調べたり、胃の内容物を調べるためにクジラを捕獲する調査(致死的調査)がありますが、非致死的調査で得られるデータは極めて限られたものです。
例えば、資源管理に必要な鯨の年齢を調べるためには耳垢栓を採集する必要があり、そのためには鯨類を捕獲することが必要不可欠です。日本は、それぞれの調査の必要に応じて、バランスよく行っています。

5 調査というのなら、1000頭以上も、また長い間獲り続ける必要はない。

(回答)  サンプル数(捕獲頭数)は、統計学的に信頼できるデータを得るために最低限必要な頭数であり、科学的に算出された数値です。また、海洋生態系は年々変動しており、適正な資源管理を行うためには調査の継続が必要です。
例えば、1千2百万人以上の東京都民の平均身長を推定するため、10人の都民の身長を測定しても確かな推定はできませんが、10000人の身長を測定すれば、より確かな推定が可能となるのと同様、鯨類捕獲調査においても、統計学的に確かな推定を行うためには、一定数以上のサンプル数が必要です。

6 鯨類捕獲調査は、誰も必要としない科学プログラムである。

(回答) 鯨類捕獲調査は、鯨類資源の持続的利用を図り、人類の食料の確保に資することを目的としており、反捕鯨以外の人々からは、国の内外で強く支持されています。

7 過去18年間に亘った第一次調査は調査の目的のほとんどを達成しないまま終了している。

(回答) 南極海鯨類捕獲調査(JARPA)(1987/88~2004/05)の結果、南極海のクロミンククジラについて多くの科学的知見が得られています。南極海のクロミンククジラが、北半球のミンククジラと別種であることが解明されたのもJARPAの成果のひとつです。主要な成果では、(1)資源管理に有用な生物学的特性値(年齢構成、自然死亡率など)の推定、(2)南極海生態系の中で鯨類の果たす役割の解明(餌生物消費量など)、(3)環境変動が鯨類資源に与える影響の解明、(4)鯨類系群の分布範囲及び分布境界の確定などが上げられます。

8 世界中の科学者が調査の継続について非難している。

(回答) 日本が実施する鯨類捕獲調査の結果については、毎年IWC科学委員会に提出し、科学者からは高い評価を得ています。また、科学委員会では日本の調査が「南半球のミンククジラの管理を向上させる可能性がある」という結論を出しています。

9 南氷洋での捕鯨は、環境と経済的な損失を国際社会に与える。

(回答) 現在、南氷洋で日本が行っている鯨類捕獲調査は、環境に影響を及ぼす水準には程遠く、将来再開されるべき商業捕鯨も環境との調和に十分に意を払われるべきです。こうした捕鯨は、今後において人類の食料資源の確保と生存に大いに貢献するものです。


IV 鯨の食文化について


1 鯨肉の需要は極わずかしか無い。

(回答)  商業捕鯨の一時停止により鯨肉の供給量が急激に減少し、これに伴い消費が大幅な縮小を余儀なくされました。2005/06年の南極海鯨類捕獲調査から捕獲頭数が増えたため、一時的に副産物の在庫が発生いたしましたが、現在では消費者からの需要が多く、部位によっては、品不足のために関係者から不満の声が出されています。

2 南極海での捕鯨は日本の文化とは無縁のものである。

(回答)  日本が南極海で母船式捕鯨を開始したのは70年以上前になります。欧米各国が南極海捕鯨から撤退していくなか、日本が1987年に商業捕鯨の一時停止を余儀なくされるまで続けてこれたのは、日本が鯨油ばかりでなく食用として鯨体を無駄なく利用してきたからです。こうした技術は、捕鯨の長い歴史を通して培われてきたものであり、現在の鯨類捕獲調査でも生かされています。捕鯨がどこで行われようが、現場では日本の伝統技術が受け継がれており、文化と無縁であるとは決して言えません。
また、南極海での捕鯨の継続は、人類の食料資源の確保という重要な目的があります。





参考意見④ ペリマリ
私の意見は簡単明瞭である。
堕地獄の所業を改めるに尽きる。
これ以上鯨を捕らない。二度と鯨を食わない。
殊に鯨の子どもの活き作りを諦めてもらいたい。


以下項目別に見解を述べる。


〇鯨の知性と愛情
哺乳類を哺乳類が食べるというのは限りなく共食いに等しい行為である。
ユミルの民が嗜好の対象として鯨を常食する行為にはそれ以上のものがある。
ごく狭い範囲ではあるが身近に接している猫や犬の生態を眺めるにつけ、
彼らの知性や愛情や情緒が人間のそれよりも劣っているとは到底思えない。
ましてや鯨の知性愛情霊性が人間のそれに勝るとも劣ることなどは決してない。
たぶん哺乳類の中で鯨が一番霊格が高い。次に鹿が霊格が高い。
逆に一番低いのはネズミでネズミの次に低いのが一部のユミルの民である。
一部jのユミルの民は御本尊のマムシを食ってその力を取り込んできた。
鯨も鹿もさんざんユミルの民に食われてきた。そして今も食われている。

https://www.youtube.com/watch?v=aFUjYOhSENs
https://www.youtube.com/watch?v=MDlxvKvEktI




〇次に水産庁&捕鯨協会の見解(神の見解)について
彼我の顛倒方式を絵に描いたような無恥厚顔な詭弁である。
鯨を乱獲しまくった当の加害者が差し遣わした腐れポチが、
絶滅の危機にまで追い込まれた被害者に罪を押しつけている。
商業捕鯨を再開したい本当の理由は水産資源の枯渇などではない。
『調査捕鯨』で禁止されている大型鯨の肉を食べたいから。
堂々とナガスクジラを追い込み漁で捕獲して食べたいから。
神の所望としてはシロナガスクジラの子どもの尾の身を生きたまま食べたい。
神が食べたいから捕鯨を再開するのであってそれ以外のなにものでもない。
日本では人や物はおろか竈の灰に至るまで神の私物である。
その神の啓示が捕鯨再開なのだから否やはないのでR。

捕鯨は列島固有の伝統でもなければ食文化でも何でもない。
一部のユミルの民が人肉食の延長として鯨に食指を伸ばしたものである。
1606年食い意地の張った3人のユミルの民が鯨突きを開始させたのだ。
人間(真正ユダヤ人限定)は霊長類を自称している。
人間(真正ユダヤ人限定)は食物連鎖の頂点に立つ。
だから鯨を食べることを当然の権利としている。
有り体は人肉を食べるのをガマンできない連中がいて、
そういう連中が鯨肉を食べるのをガマンできない。
平たく言えばそういう話なのだ。

牛が牛の骨粉の混ざった飼料を食って狂牛病で斃れたように、
連中は人肉を食って脳味噌がスカスカになっている上に、
人肉食の延長として鯨を食って堕地獄の所業を重ねてきた。
客観的な視点からいっても霊長類でも何でもない。
哺乳類の中でも最も霊格の低い一部のユミルの民が、
哺乳類の中で最も知性と愛情と霊格の高い鯨を食べる。
それをどうしてもガマンできない。
ただそれだけの手前勝手な話ではないか。




〇壁の王が支配していた魚市場
魚発祥の地(魚とはキリストの象徴化であり人肉の符牒である)
https://www.google.co.jp/maps/place/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E6%A9%8B%E9%AD%9A%E5%B8%82%E5%A0%B4%E7%99%BA%E7%A5%A5%E3%81%AE%E5%9C%B0%E7%A2%91/@35.6818593,139.7771035,1970m/data=!3m1!1e3!4m5!3m4!1s0x601889567ab48e7d:0x4fbe53cee3c0cc00!8m2!3d35.6843422!4d139.7748564


壁の王の御尊像
(藤はペルセポネーの力の象徴化。重要な呪術のオブジェと藤棚は大概セットになっている。 
カールの原作をもとに窪美澄を構成する団子3兄弟の次男がが完成させた『空棺の烏』参照
)   
https://www.google.co.jp/maps/place/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E6%A9%8B%E9%AD%9A%E5%B8%82%E5%A0%B4%E7%99%BA%E7%A5%A5%E3%81%AE%E5%9C%B0%E7%A2%91/@35.6843597,139.7747887,3a,71.9y,356.1h,77.94t/data=!3m8!1e1!3m6!1sAF1QipPV14ofTxpRWZmf8Kk8Y98KAOQthSjFz_Jksc2u!2e10!3e11!6shttps:%2F%2Flh5.googleusercontent.com%2Fp%2FAF1QipPV14ofTxpRWZmf8Kk8Y98KAOQthSjFz_Jksc2u%3Dw203-h100-k-no-pi0-ya119.27257-ro0-fo100!7i5376!8i2688!4m5!3m4!1s0x601889567ab48e7d:0x4fbe53cee3c0cc00!8m2!3d35.6843422!4d139.7748564




〇彼我の峻別
「毎日のように鯨肉を食べてきた日本人」
「だから今後も引き続き鯨肉を食べたい日本人」
この場合の「日本人」とは一部のユミルの民限定である。
一般エルデイア人およびヤプーとは峻別してもらいたい。
江戸時代にはユミルの民による人災としての飢饉をもろに被っていたヤプー。
銀シャリですら戦後になってようやく口に入るようになったヤプー。
(戦前は銀シャリは売り物で百姓は芋とか大根入りの雑穀を食べていた)
コメを作っていながらそのコメさえ食えず子供を売らなければならなかったヤプー。
そのヤプーが強制的に鯨肉のおこぼれに預かったのは戦後の一時期に過ぎない。
一部のユミルの民のような鯨肉に対する偏執的なまでの嗜好はヤプーには全くない。
江戸時代から一貫して鯨肉に情熱を燃やし続けているのは一部のユミルの民である。
都合の悪い時だけ十把一絡げに日本人として括られるのは甚だ迷惑である。




鯨の符牒『黒船』
前掲書にあるように捕鯨の歴史はたかだか400年を遡るに過ぎない。
1606年に鯨に食指を動かした3人のユミルの民が共謀して、
(紀伊の徳川氏と尾張の真田氏と大坂の伊達氏が共謀して)
和歌山の太地で鯨とイルカの追い込み漁を始めさせたのが嚆矢である。
追い込み漁で捕獲された鯨の一部は無惨にも生きたまま浦賀まで曳航され、
ユミルの民御用達のももんじ屋なる肉食専門店で刺身や鍋で食されたのである。
当時浦賀奉行所ではこの鯨のことを『黒船』という符牒で呼び慣わしていている。
つまり幕末に浦賀沖に現われたことになっている四杯の『黒船』は鯨の符牒なのだ。

ちなみに幕府御用達(実態は水戸藩御用達)の御船は『赤船』と呼ばれている。
黒船は錬金術の黒化(腐敗と死)の象徴化。
赤船は錬金術の赤化(プログラムの成就)の象徴化。




〇偽史の系譜
当時浦賀沖に現われた『黒船』は恫喝のために21発の空砲を鳴らした。
偽史ではそういうことになっている。これも幕府の自作自演である。
「ペリーが捕鯨目的の開港を要求した」という作り話に始まって、
(捕鯨再開の論拠として統一工作員が使っている作り話)
恐慌を来した幕府に次いで列島全体が尊皇攘夷論で沸騰し、
やがて『明治維新』なるものが起きたことになっているが、
これも壁の王による人類の歴史の改竄の典型的な事例である。
鳥羽伏見の戦いも戊辰戦争も実際には存在していない。
両サイドに配置された同じ穴の幕府と官軍による自作自演である。
もとよりアヘン戦争も日清戦争も捏造である。
そもそも清国などは存在していない。
存在していない国とどうやって戦争するというのだ。
伊達氏が背後から味方を撃滅する残酷な八百長、
それが『維新』あり『革命』であり『戦争』である。
辛亥革命もロシア革命も捏造である。
遡ってフランス革命も捏造されている。
メイフラワー号も創作神話である。
彼我の顛倒方式と自作自演は伊達氏の伝家の宝刀である。
自作自演のためには味方が味方が背後から撃つ必要がある。
日露戦争然り。日中戦争然り。太平洋戦争然り。
原爆投下も311も伊達氏による自作自演である。

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