Home > 未選択 > なのはな

なのはな

当ブログ記事の無断転載は堅くお断りします。




京アニ火災
イエヘナラの月のRの日に
観音菩薩の33化身を象徴化するために
ただそのためだけに起こした京アニ火災って、
サイガサマのウイッカーマンでしょう?
そうでしょう?違いますか?
京ってペリカンでしょう?
アニってアニ・レオンハートでしょう?
エレンと合一して賢者の子となったアニのことでしょう?
阿修羅みたいに冬眠しているアニって令のことでしょう?
これって登戸殺傷事件とまったく同じではないですか。
ガソリンを撒いた人間と33人を殺害した人間は別々にいる。
少なくとも一階、二階、三階に1人ずつはいるでしょう。
こんなことは内部の者が協力しなければできない。
こんなことを何回書いているんだ私は。
こんなことを書くのはもう沢山だ。


ニュートピ!による詳細な見取り図



こんな見取り図を報道すること自体が異常です。
この詳細な見取り図と亡くなった人の場所と人数は何を表わしているのか。


一階の2人=B
二階の1人=A
二階の11人=K
三階から屋上の19人=S
螺旋階段=メルジーネ
英語表記spiral staircase=SS=サイガサマ


これはサイガサマの定理『3から4への移行』そのものである。
その完遂のためにBAKSが使われる。そういうことを表わしている。
BASKすなわち電子煙草が象徴化するものが使われる。
具体的には学兵器である。


それは二匹の蛇である。



それは『とめどなく囁く』内扉の表紙のカドケウスの杖に絡まる二匹の蛇である。
ヘルメス(冥界のメッセンジャーボーイ)に仕える赤い蛇と青い蛇である。
ヘルメスが変容するとメルクリウスすなわちサイガサマになる。



定義 桐野夏生 
ユダヤ超特権階級 真正オカマ 身も心も男性 女の子が好きな変質者の蛇 


似非作家の世代交代
似非作家の桐野夏生の次男は秀才から凡才に交代しています。
アンドレアス原作の本作を完成させているのは角田光代の次男です。
この次男は以前にはかろうじてあった知性も感性も払底している。
これはもう桐野夏生ではゼンゼンありません。


ついでに大物似非漫画家の世代交代の事例を挙げる。
美内すずえ 初代の天才の女性から次代の凡才の男性に交代している
木原敏江  初代の天才の女性から次代の凡才の男性に交代している。
柴門ふみ  初代の天才の女性から次代の凡才の男性に交代している。 
たぶん『ガラスの仮面』39巻以降は身も心も男性の真正オカマ。


上記京アニ火災がサイガサマのウイッカーマンだとすれば、
化学兵器としての蛇を象徴化するためのテロだとすれば、
萩尾望都&マルンもまた同じ穴の蛇使いである。
萩尾望都よ。マルンよ。
いつまでこんなことをやっているのか。
それでも被害者だと思っていられるのか自分たちを。
それでも加害者だと思っていられるのヤプーたちを。
異教徒を騙し陥れることを善とするカバラの教えに準拠して。


サイガサマのウイッカーマンの予告(ここではないどこかで行われる)
 




 
2012年3月12日発行
著者       萩尾望都
発行者      丸澤滋
発行所      株式会社小学館
作品担当     R.[アール]
単行本編集者   山縣裕児 R.[アール]
単行本編集責任者 山内靖子
装丁       芥 陽子(note)
印刷       凸版印刷株式会社



実は本書にはこういう透かし絵が隠されている。
透かし絵に添ってペン入れするとこうなる。



こんなものが描かれているとは知らなかったでしょう。
カバーを外して透かしてみて初めて気が付いたんだけど
そこまでしないと容易には気が付かない。
むしろ気が付かないことを目的にしているとしか思えない。



折り返し部分には賢者の子(原爆)がいる。
分かりやすいように橙色に塗っておきます。
内側の銀色は艮の金神すなわちサイガサマの象徴化。



俯瞰図
GLAYとセブンイレブンがタッグを組んだ呪術を前提に、
『なのはな』の表紙を本読みすると、
たぶん左側の2つの塔は愛知県の愛地球博。
ウイッカーマンは真正中つ国となる呪術的儀式。
リニアモーターカーが山に向かって走っている。
そこに原爆が埋め込まれている。長久手に。



『なのはな』は全部で五編。巻頭の作品は標題となった『なのはな』。
表紙は『チェルノブイリにいるあたし』と『フクシマにいるあなた』が出会う場面。
チェルノブイリとフクシマの原発事故が711に至る道程であることを表わしている。
『フクシマにいるあなた』が開くどこでもドアは北朝鮮を表わしている。
どこでもドアの周囲で咲き誇るなのはなは蛇の口を表わしている。




『フクシマにいるあなた』がなのはなの種を撒いている場面。
なのはなの種は蛇を表わしている。すなわちメルジーネである。
メルジーネとはサイガサマの錬金術を促進する触媒である。
具体的には生殖器を破壊されたユダヤ人を表わしている。
奥泉光によるとそれは『アトランテイスの石』という。




あなたは無意識。あなたは令。
あたしは意識。あたしは仁。

あなたは『チェルノブイリにいるあたし』。
つまり『チェルノブイリにいる仁』。
∴チェルノブイリは仁による世界再編の儀式。

あたしは『フクシマにいるあなた』。
つまり『フクシマにいる令』。
∴フクシマは令による神聖R帝国の太陽化の儀式。

唯識論の世界観に於いて令と仁は常にグランドクロスしている。
そして『フクシマにいる令』からメルジーネを撒く鞄が手渡される。
ここに至ってついに現実世界に於いても令と仁はグランドクロスする。
賢者の子としての711が誕生する瞬間である。




マルンはこのクライマックスシーンだけでなく、
全編を通じて花郁悠紀子の下描きを使っている。
花郁悠紀子が造形したキャラクターを使っている。
花郁悠紀子がペン入れして完成したシーンもある。
なぜ分かるかというと分かる。分からねば到底すまされないくらい分かる。
マルンが描いた『プルート夫人』の表紙を見ればもう分かり過ぎるくらい分かる。
まったく芸がない。そこには知性も感性も何もない。もしや冗談ではないのか。


マルン プルート夫人もどき 



花郁悠紀子 プルート夫人 



冥府の女王プルート夫人とはペルセポネーであり、
メルクリウスでありオオムラサキであり阿修羅であり、
詰まるところ令和の令の別名に他なりません。


ここで花郁悠紀子が描くプルート夫人とマルンが描くそれを比較してみましょう。
全編に亘って花郁悠紀子が完成させた『プルート夫人』の下描きが使われています。
おまけに花郁悠紀子がペン入れして完成させた絵のほとんどもイジられいます。
できるだけ花郁悠紀子の絵が錬金術されていないものを選んでアップしておきます。
花郁悠紀子とマルンが描く目の違いに注目してください。


マルン プルートー夫人もどき 目に知性がまったくない
(花郁悠紀子の下描きを使っている)




花郁悠紀子 プルート夫人



マルン プルート夫人もどき 目に知性がまったくない
(花郁悠紀子の下描きの首から上をイジっている)




花郁悠紀子 プルート夫人
(マルンが顎のラインと眉と口をイジっている)




マルン プルート夫人もどき 目に知性がまったくない
(花郁悠紀子の下描きを使っている)



花郁悠紀子 プルート夫人
(マルンが眉目鼻口をイジっている)



マルン プルート夫人もどき 目に知性がない
(花郁悠紀子の下描きを使っている)



マルン プルート夫人もどき 目に知性がない
(花郁悠紀子の下描きを使っているにも拘らずデッサンが狂っている)




マルン プルート夫人もどき 目に知性がない
(花郁悠紀子の下描きを使っている)



花郁悠紀子 プルート夫人
(マルンが眉をイジっている)



マルン プルート夫人もどき 目に知性がまったくない
(花郁悠紀子の下描きの首から上をイジっている)



花郁悠紀子 プルート夫人
(マルンが眉をイジっている)



向かって右のコマ
マルンが花郁悠紀子のペン入れした絵の首から上をイジっている。
まったく知性のない目、獰猛な横顔のライン、長過ぎ太すぎ直立した首に特長が出ている。
脇役の男性陣は花郁悠紀子が描いたままになっている。目に知性がある。
殊に傍らに立つ男性の隙のなさといい後ろに立つ男性全体のバランスといい見事である。
重厚かつ精密な仕上がりの男性陣に比してプルート夫人の首から上は雑駁で見劣りがする。
向かって左のコマ
花郁悠紀子が描いた目(未熟かつ煩雑なトーン処理は別人)



マルン プルート夫人もどき 目に知性がない
(花郁悠紀子の下描きの首から上をイジっている)



花郁悠紀子 プルート夫人(背景処理は別人)




訂正 花郁悠紀子の遺稿
『なのはな』まで残されていると書きましたが間違いです。
花郁悠紀子の遺稿は『春の夢』『王妃マルゴ』『ポーの一族ユニコーン』、
それから7月末に刊行が予定されている『斎王夢語』まで残されています。
これだけのものを一人三役の漫画家をこなしながら同時進行で残していったとは・・・。
たった9年間でこれだけのものを残していった少女漫画家は他に絶無ではないですか。
花郁悠紀子の才能を完全に見くびっていました。ボケを書いて大変申し訳ありません。


これら厖大な量の花郁悠紀子の遺稿は錬金術の第一資料として使われています。
佐藤史生やマルンによって眉目鼻口が加工され中には元型を止めないものもあります。
バカルトのマルンはこの際問題外としてなぜ佐藤史生はこんなことをしていたのか。

佐藤史生の漫画家としての本質は花郁悠紀子とは水と油ほどに違う。
天与の才、努力、集中力に於いて佐藤史生は花郁悠紀子の足元にも及ばない。
だけど、否、だからこそ佐藤史生には佐藤史生の道があったはずなのに。

佐藤史生は花郁悠紀子に取って代わることを選んだ。
アンドレアスの佐藤史生に対する猛烈な怒りから察するに、
おそらくは積極的確信犯として選択しそれを実践した。
花郁悠紀子のマンガ家生命の破滅と魂の抹殺を。


以下『ポーの一族 春の夢』に於ける事例


『ポーの一族 春の夢』表紙イラスト
花郁悠紀子の下描き段階の着彩画を佐藤史生が引き継いでいる。
なので佐藤史生の特長がよく出ている。
(『芸術新潮』アリバイ工作号の表紙イラストの場合は分業制なので、
周囲の先ずバラが完成されてから後に人物が描かれていたけれど、
一人で描くときには本来はこういう風に全体が同時進行で描かれていく)
技量が覚束ない。平板で弱い。そして硬直している。例えばエドガーの髪。
その質感や量感を描き分けることができない。ほとんど模様になっている。
顔は花郁悠紀子の元型が濃厚に残されている。佐藤史生がその眉目鼻口を加工している。
だからエドガーの目には知性が残されている。けれどそれは悲しみで凍りついている。



花郁悠紀子が描いたイラスト
佐藤史生がエドガーとアランの眉目鼻口を加工している。
エドガーの目は悲しみが凍り付いている。アランの目には何もない。



花郁悠紀子が描いたイラスト
佐藤史生がエドガーの眉目鼻口、アランの横顔を加工している。
エドガーの目には凍り付いた知性が残されている。アランは別人28号。



花郁悠紀子が描いたカット



以下『王妃マルゴ』に於ける事例


『芸術新潮』アリバイ工作号
花郁悠紀子が描いた精緻なイラスト。
3人とも佐藤史生が眉目鼻口を加工してある。
殊に向かって左上の人物の加工具合が顕著。



『芸術新潮』アリバイ工作号
花郁悠紀子が描いた劇的なイラスト。
佐藤史生が女性の眉目鼻口を加工している。
女性の目には何もない。



『王妃マルゴ』の表紙
花郁悠紀子が描いたシックなイラスト。
マルンが眉目鼻口を加工している。
加工された目にはまったく知性がない。
硬直した首、武骨な鎖骨のライン、粗雑な腕の描線。
これらもマルンが加工したもの。絵ではなく記号に近い。



以下『ポーの一族 ユニコーン』に於ける事例


『芸術新潮』アリバイ工作号
目次に採用されたのは花郁悠紀子が描いたイラスト。
マルンが眉目鼻口を加工している。
目には知性がまったくない。
右腕の方向とバランスがオカシイ。
マルンが勝手に描いているのだろうか。
何もかもマルンのせいにしては悪いと思うが、
佐藤史生路線を受け継いだマルンの劣化のハゲシサと、
アリバイ工作号の事実無根の絵空事の羅列のハゲシサは、
真に正比例していると思う。
萩尾望都は進化し続けているのではなく退化している。
否、元々何もないから進化も退化もしようがない。ただ堕落あるのみ。




『月刊フラワーズ』の表紙
花郁悠紀子が描いた大胆なイラスト。
佐藤史生がエドガーの眉目鼻口をイジっている。
エドガーの目は凍り付いた悲しみの目。



花郁悠紀子が描いた巻頭シーン



花郁悠紀子が描いたカット
佐藤史生がエドガーの眉目鼻口、
そしてアランの顔全体を加工している。
しかし花郁悠紀子の知性と感性が加工に負けていない。




絶対にしてはいけないことを佐藤史生はしている。
佐藤史生がしていることはある意味人肉食よりも罪が重い。
花郁悠紀子の遺稿は花郁悠紀子の魂そのものなのだから。

佐藤史生が迷った闇は昏い。
佐藤史生が墜ちた地獄は深い。

マルンはその正統なる後継者として堕地獄の所業を続けている。
マルンは知性がないのでネームを切っているのは別人でしょう。
そしてこれら無慙な錬金術の胴元がヤク中の萩尾望都です。
コメント

コメントを受けつけておりません。

ブログ内検索

RSS・ブックマーク

最新コメント

[02/27 ペリマリ]
[02/27 ペリマリ]
[02/26 ペリマリ]
[02/26 ペリマリ]
[02/16 ペリマリ]
[01/20 ペリマリ]
[01/17 クールCyrusII]
[11/20 ペリマリ]
[11/13 ペリマリ]
[11/13 ペリマリ]
[11/12 jdwsr736]
[09/05 ペリマリ]
[03/16 ペリマリ]
[03/15 NONAME]