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備忘録8月続き

8月27日追記

残暑お見舞い申し上げます。
そろそろ猛暑の疲れが身体に出る時期です。
どうかご自愛ください。

『666』のためになけなしの脳ミソを酷使するにもほどがある。
われながらそう思うこのごろです。
立て、立つんだ、ジョー・・・ほとんどそういう状態に近い。
日中、鬼畜さん、真実探しさん、それから名前を書けないけど、
ずっと付き合ってくださっているみなさんに感謝します。


しかしそんな日ももう長くは続かないでしょう。
それまでお互い踏ん張りましょう。
我々はもともと多様性を愛する(いい意味でもわるい意味でも)、
そういう民族だと思います。


※自費出版の本について
これがすべて終わったときにアナログに移行します。
希望的観測では20冊は確実に注文があると思います。
経済的事情の必要からですが独学で製本技術を身につけ、
注文がある度に一冊ずつ製本しようと思います。
多様性を愛する精神の発露と申しますか、
装丁の布も多様で扉の絵も一冊ずつ手描きにしたい。
なので一冊受注すると半年はかかると思ってください。


追記 大天使ミカエルさんへ
色々な意味で本当にありがとう。
例の三島本についてですが、
私の中ですでに三島由紀夫への愛は醒めてしまっていて、
必然的に本は全然違うものになってしまいます。
でもサプライズはちゃんと用意しますよ♡


追記その②
アンドレアス・テイールの遺言の重要な部分を補足してあります。
『教団X』はアンドレアス・テイールの構想を元にしているので、
哲学部門のトップ新田章が滔々と開陳したゴーセン理論は、
最終的にアンドレアスの遺言によって破砕される。
そういう仕組みになっています。
死せるアンドレアス、生ける新田章を走らす。


追記その③
個人的にはカールの感性の方が浸透度が深い。
『コンビニ人間』だけではありません。
伊吹有喜、窪美澄の一連の作品も彼の原作です。
他にもたくさんあります。


では本文です。


※週刊文春について
坂の上の満州族が直轄する米軍第四軍特殊心理戦部門のフロント組織として機能している。
坂の上の満州族の『錬金術』のシナリオを象徴化したイラストを随時表紙に掲げ、
ポチの全てを綴ったポチファイルから、時宜に適したネタを拾って紙面作りをする。
あるいはガセネタを捏造し、それを『スクープ』して自ら無双を誇って見せたり、
その合間には、王族の似非作家たちのために常連コーナーを設けて紙面を埋める。
(池上彰、佐藤優、阿川佐和子、林真理子、伊集院静香ら王族たちの記事は他人が書く)


週刊文春と同じく月刊文藝春秋も、表紙及び目次の絵を使って呪術を掛けている。
その目玉商品の一つが、半年毎に行う芥川賞&直木賞のデキレースである。
2015年1月から2016年9月までの4回のデキレースは核戦争のシナリオの象徴化だが、
そうやって『錬金術の四つの段階』を象徴化する一方では、金儲けの算段も抜かりはない。
前もって話題を集めておいた『受賞作』の全文を誌上掲載、増刷に次ぐ増刷で懐を肥やす。
ポチおじさんのステイタスシンボルとして高級感を纏っているが中身は文春に毛が生えた程度、
文春編集部出身の似非作家&変態ポチ学者クズレの御大たちが集合する定例座談会や、
変態ポチ政治家の特別寄稿などは、適当に他人が修正するか全文書いている。
朝鮮&満州王族の似非作家の出版物の宣伝も、すべて似非文学史を補完するためにある。
(すでに四書五経も源氏物語も改竄されていることは疑いを入れない)


これら糞のような中身に呪術を掛けた表紙を掲げるメデイアが、
堂々と公共図書館の雑誌コーナーに鎮座している。
これが坂の上の満州族の私物国家日本の偽らざる姿である。


2016年8月18日発売の文春の表紙には、
坂の上の満州族のキーパーソンが象徴化されている。
もともとクラーク博士もスラヴ系王族であるが、
博士の像によって象徴化されているキーパーソンの序列も非常に高い。
おそらく札幌に在住しているであろうこの人物は、
坂の上の満州族22人のメンバーの中でも確実に五指に入る。
彼は2か月23日後に設定された核戦争に於いて日本軍の陣頭指揮を執る。
その悪魔の右手で。



2016年9月1日号はその続きである。
近未来に企図された核戦争のシナリオを象徴化している。
文春のこの表紙全体が呪術なのである。







8月24日追記

※村田沙耶香の代作者について
中村文則と同じように村田沙耶香の作品も複数の代作者が書いている。
『消滅世界』と『コンビニ人間』を書いている代作者は別人である。
前者の代作者には『コンビニ人間』を書くことはできない。
前者の代作者と後者の代作者ではその力量に於いて天地の差がある。
『コンビニ人間』の代作者と西加奈子『サラバ!』の代作者は同一人物である。
(前者の原作者は文学部門の若きゲルマンの王カール、後者は先代の王アンドレアス)
『しろいろの街の、その骨の体温の』の代作者は『コンビニ人間』と同一かも知れない。
しろいろの街自体が変容した人造人間の身体の象徴化である。



ヤク漬けの代作者が虚空になった状態で書いた、としかいいようのない作品です。
「どうかたくさんの人が読んでくれますように」と帯に赤字で書いてありますが、
読んでいる途中でかなり具合が悪くなるので読まないようにしてください。




※『コンビニ人間』と2020東京オリンピックについて
『コンビニ人間』の表紙≒2020東京オリンピックショー=核戦争の象徴化。
前者はロシア・中国・北朝鮮・アメリカ・日本による核戦争のシナリオの象徴化。
後者はロシア・中国・アメリカ・日本による核戦争のシナリオの象徴化。
前者はロシアが洋上からアメリカと中国に向けて核ミサイルを発射する。
アメリカもこれに応じて核ミサイルを発射し世界核戦争へと拡大するシナリオである。
それはズバリとっておきのゾロ目の日すなわち2016年11月11日であろう。




『コンビニ人間』の表紙は非常に重要である。
2016年11月11日のシナリオを象徴化している。
光の当たっている壁面が表。
表の上部はロシア、中国、北朝鮮、日本、アメリカによる核戦争の予示。
最上部は核ミサイルが洋上から発射されることを象徴化している。
これが核戦争の初弾である。
その下の赤いランプはロシア。
初弾はロシアが発射する。
そしてロシアが核戦争の戦勝国となる。
ロシアの横は中国。
枯れ木のような物体は中国に大きな破壊がもたらされることを示している。
ロシアの下はアメリカ。
白い煙はアメリカからも核ミサイルが発射されることを示している。
太平洋の洋上から中国とロシアへ向けてアメリカが核ミサイルを発射するシナリオである。
中国の下の小さい突起は北朝鮮。
これも破壊を現わしている。
汚れたものを吐き出しているのは311以来汚染水を垂れ流している日本。
日本の原発がもう一度攻撃されることを暗示している。
それは完全なる破壊である。
中国と北朝鮮は都市を攻撃されるが、日本は狭い国土に乱立する原発を攻撃される。
中国と北朝鮮の都市は枯れ木のようにボロボロにされ、日本は炎上して北海道以外は消滅する。
表の下部は『変容』の殺人儀式を象徴化している。
犠牲者の子どもたちのしゃれこうべと骸骨(人造人間)が描かれている。
凍結され破壊された人造人間の心臓も死んでいる。
それは途中で切れている。
壁に貼り付けられている黄色いテープは坂の上の満州族の象徴化。
陰になっている方は裏。
コンビニ人間の内部を暗示している。
「私は人間が好き」などと臆面もなく言える村田沙耶香とは相容れない精神世界である。
左上隅の暗褐色の物体は、『バットマンVSスーパーマン』に出て来る緑色の石である。
『コンビニ人間』と『バットマンVSスーパーマン』の原作者が同一であることを示している。
 





2020『錬金術』の祭典の予告
https://www.youtube.com/watch?v=sk6uU8gb8PA

 
四つの赤いボール=四羽のフェニックス(ロシア、中国、日本、アメリカ)の象徴化



フェニックス・プログラムの露払いをする日本の首相(朝鮮王族)



マリオ(バフォメットの象徴化)に扮する日本の首相



バフォメットの御遣いとしてのパフォーマンス



蒼穹から降臨した33人の坂の上の満州族が火の指輪と化す



四羽のフェニックス(ロシア、中国、日本、アメリカ)の象徴化
 


白い山全体はヤンマイヨンの象徴化。形状は違うがジュノー山の象徴化でもある。
東京は原子力潜水艦の象徴化。緑のスカイツリーは核ミサイルの象徴化。
右の赤い球は炎上する日本すなわち『日本ファイナルサラマンダー』の象徴化。
 



2016年11月11日のシナリオを踏まえて2020東京オリンピックを本読みする。
ロシアがアラスカ州海上沖から、中国とアメリカに核ミサイルを発射する予定になっている。
木星探査機と同じ名の州都ジュノー海上沖、スターバックス発祥の地の北西の海上である。
木星は中国の象徴化。ジュノーはついにその木星に到達した、ということになっている。
彼女はジュピターと『合一』し『賢者の子』を産む。すなわち核ミサイルの着弾を成就させる。
そして日本も核ミサイルの発射基地となり、日本ファイナルサラマンダーの終焉を迎える。
木星探査機が木星に到達した、というのはそういう一連のシナリオの象徴化なのである。


木星探査機ジュノーはバフォメットの象徴化。
その形状はY(三つの指輪)、中央には太陽の塔、下方には子宮がある。




アラスカ州の州旗はイルミナチオの教義を端的に象徴化している。
七人の悪魔(遊星)が一人の神を創造する。遊星は坂の上の満州族のメタファー。
 


ネイテイヴアメリカンが住んでいた土地に侵入し、
金採掘のベースキャンプにしたジョー・ジュノー。
州都ジュノーはこのスラヴ系王族の名前に因んでいる。
 





日本とリオを股にかける1人の坂の上の満州族のキーパーソンがいるらしい。
2020年核戦争のシナリオには33人の坂の上の満州族が火の指輪の役割を果たす。
火の指輪は『錬金術』を促進する三つの指輪の中でもっとも序列の高い指輪である。
序列1 火の指輪ナルヤ(ルビー)    所有者は『平和』の神様(ガンダルフ)
序列2 風の指輪ヴィルヤ(サファイヤ) 所有者はエルロンド(ブータン国王の本体)
序列3 水の指輪ネンヤ(ダイヤモンド) 所有者は『伝説の女錬金術師』マリア





以下はアンドレアス・テイールからの遺言である。


 当時私は、自分は醜いと思っていた。戦争体験(引用者注 変容の儀式のメタファー)が私の全てだった。自分は醜いとして、でもその自分というものを消滅させ、概念として、行為としてだけで生きていけないか。つまり誰かの役に立とうとする概念としてだけの存在。私の内面や過去の醜さはある意味どうでもいいのではないか。私が幸福を望みさえしなければ。そのような私を変えてくれたのが師と、よっちゃんでした(引用者注 よっちゃんとは妻芳子の愛称、アンドレアスを愛し支え続けた女性の象徴化である。アンドレアス自身を象徴化する作品の場合は、その女性はマリ、マリッサ、マリサ、マリアなどの名称で登場する。変容した人間は愛情と感性を喪失していくが、しかしなぜかアンドレアスは終生愛情を喪っていない。そして死の直前まで息子であるカールのことを想いながら物語を紡いでいく)。よっちゃんは私の告白を聞き、意味があると言ってくれた。あなたはその経験を、何かに役立てなければならない。どのような醜い過去も悲しい過去も、全て何かの役に立つことがあると。惨めさも後悔も価値があるのだと。種類はどうあれそれは「経験」であるのだから、役に立たないわけがないのだと。


 これは生まれた瞬間のあなた達に、本来私が言うはずだった言葉です。ようこそこの世界に。あなたは今、命を手に入れることになった。無の世界から、束の間の有を手に入れることになった。これからこの世界を、全身で夢中になって楽しんでください。まるで初恋をした中学生のような気分で、全力でこの世界をいつまでも楽しんでください。
 
 私達の宇宙はビッグバンによって始まり、やがて生物が生まれました。生物が他の無機質より不安定であり、やがて死ななければならないのは、恐らくそこに多様性を発生させるためです。我々がなぜ生きているのか。その理由を今から私なりに述べましょう。それは、物語を生むためです。会社員として生きた物語。部屋にずっと閉じこもり、二十年後、勇気を出してそっと外に出た物語。我々は物語を発生させるために生きている。我々は、我々の物語を生きるために生きている。無数の物語を、我々はこの世界に発生させ続けているのです。そしてその物語に優劣はない。

 約千数百億個の神経細胞、そのそれぞれが無数のシナプスで結合されている脳を始め、膨大な素粒子の驚異的な結びつきによって私達の存在は成り立っています。原子、それを構成する陽子、中性子、電子。世界をこのような姿にするための、電磁力の強さを決める伝記素量の値、陽子や中性子を結合して原子核を作る強い力の強さを決める結合常数の奇跡的な値。圧倒的に凄まじいいこのミクロの素粒子の仕組み、その集合であるこの世界、ビッグバンで生まれ、〇・〇一秒後に一〇〇〇億度になり、三分の間にヘリウムなどの原子核ができたこの約百三十七億年前から続く圧倒的な”世界”が全て、今のあなたの物語の土台にあるのです。私達の生は、この圧倒的なシステムによって支えられている。だからこう言い換えることもできる。これらの凄まじいシステムは全て、生まれてきた我々に与えられたものであると。つまりは全て、あなたに与えられたものであると。

 ではなぜ物語が必要なのか?それはわかりません。ですが、この世界は物語を欲している。原子は、人間と言う存在を創り出す可能性に満ち満ちていたのだから、物語を創り出す可能性にも満ち満ちていたことになる。我々の不安定な生からなる様々な物語が何に役立っているのかはわからない。でも、世界とは恐らくそういうものなのです。世界の成り立ちに、つまり原子にその可能性が満ち満ちていたという証拠から、我々は物語を発生させるために生きていると考えていい。神とは、恐らくこの世界、宇宙の仕組み全体のことです。だからこの世界の成り立ちそのものを神と呼んでいい。世界の偉大な古き宗教は、それぞれの文化によってその神の見え方が異なっているだけです。

 神に祈る。それはだから、全てに対して祈るということです。自分以外の全てに。いや、自分というものも本来は存在しない。我々の身体は常に原子レベルで入れ替わっていて、常に交換し合っているのだから。だからこう言い換えることもできる。神に祈るとは、自分も含めた全てに対して祈るのだと。

 我々は物語の行為者であると同時に、その自分の物語を見つめる意識という観客でもある。だから最後まで、見届けましょう。意識がある限り、私たちは自分たちの物語を見届けなけれなならない。

 さて、私はもうすぐ死にます。恐らく明日だろうと思っています。だから皆さんがこれを観ている時すでに私は死んでいる。でもこれは何も恐ろしいことではない。無に帰るだけだから。私達は本来は無であり、束の間のこの人生を楽しんだ後は、謙虚に無に帰るだけです。私の身体は燃えて原子レベルに解体され拡散し、またあなた達の物語を支える素粒子システムの一部となるでしょう。私達は全てが一つであり、この世界を構成している大いなる物語の一部なのです。

 物語を発生させるために我々は生きている。それは言い方を変えれば、他人の物語を消滅させる権利は誰にもないということです。人間は、この世界がつくりました。言い方を換えればこの成り立ちそのもの、つまり神がつくった。その世界/神がつくった人間を殺害する権利はないのです。食べる以外の理由で、つまり命を食することによって命を繋ぐ以外の理由で、生命を殺害する権利はない。神は人間を殺せとは言わない。それを言うのは神の名を語る詐欺師です。その現代の詐欺師たちを、人々をコントロールしようとする詐欺預言者と呼びましょう。そもそもの詐欺預言者達はどういった権利で、どういった証拠で、神の言葉を語れるのでしょうか?神が望んでいると、どうしてその人間にわかるのでしょうか?どういう証拠で?証人は誰で、どのような確実さでそれを語れるのでしょうか?人間ごときが、神の真意を理解できるはずがない。だから彼らは本来、用心深く、おそらく神はこう考えている、という推測で物事を語らなければならない。彼らには、戦争をしろ、人を殺せというほどの決定的なことを言えるはずがないのです。神を崇めても、神の名を語り、戦争や人間の殺害を要求する現代の詐欺預言者達を崇めてはならない。それはただの人間に過ぎない。我々と同じように排便してセックスする人間に過ぎない。その詐欺預言者達を崇めることで、神自体にそむかもしれない危険を常に頭に入れておいてください。詐欺預言者達に騙されるかどうか、神に試されていると考えてもいい。預言者とは本来、大いなる神の意思を恐る恐る推測し、神に対し謙虚でいるはずです。人間ごときが決して断定してはならない。戦争や殺人などという決定的なことを語るのは、人間をつくった神に対する越権行為です。

 今、日本の中に気持ちよくなろうとしている勢力があります。第二次世界大戦の時、日本は気持ちよさを求めた。個人より全体、国家を崇めよ。その熱狂の中に身を置くことには快楽があった。人びとは自分の卑小さを忘れることができ、大きな大義を得ることで、自分の人生を自分で考えなければならない「自由」という「苦労」から解放された。今日本の一部は、あの熱狂を再現しようとしている。

 確かに気持ちがいいでしょう。日本人としての誇りを感じ、例えば何ものかを命を懸けるほど崇め、国旗に向かって敬礼する。気持ちがいいでしょう。ですが、その気持ちがいいという状態は、ほんの少しのきっかけで暴走を生む、人間にとって非常に危険な状態なのです。ナチス政権下のドイツで、ハイル・ヒトラーと叫び右手を挙げていた当時の国民達の中には、そこに快楽を感じていた者が大勢いたでしょう。人間が陥るあの状態を、もう繰り返してはならない。それは日本だけのことではありません。昔から現在に至る、あで、世界のあちこちでこの気持ちよさは生まれています。我々がしなければならないのは、神の名を語り人間の殺害を要求する連中と、あの全体主義による気持ちがいいという状態を、人類史から駆逐することです。そうすることで、私達人類は第二の段階に行ける。

 第二次世界大戦の前から敗戦まで、日本の政権は十七回代わりました。でも戦争は泥濘の一途を辿った。日本ではシステムが出来上がればもう止めることはできない。気持ちがいいという状態をつくった政府は、その気持ちよくなってしまった自分たちも国民達も止めることができなくなった。いくらトップが代わっても、中ほどにいる気持ちよくなってしまっていた軍人達は、降伏など考えられなくなってしまった。部下達に滅茶苦茶な作戦を命令し続けていた。あの戦争において世界中から怒りを買った関東軍の中国での暴走を思い出してください。穏健な政治家たちもあの暴走を止めることはできなかった。その気持ちがいいという状態のまま。平和国家としてバランスを保つのは不可能です。今の政治家に、そんなバランスを保つ力量があるとお思いですか?一億二千万人の全てを、ちょうどいい全体主義の気持ちよさのバランスで永遠に保つなんてことが?また同じように暴走していくだけです。あの気持ちよさが復活すれば日本はまた危険な状態になる。日本人以外を迫害し、その気持ちよさに溺れ、また歴史に汚点を残すでしょう。第二次世界大戦の時と同じです。一部が暴走し、皆がそれに引っ張られていく。我々がしなければならないのは、あの戦死者を英雄としてではなく犠牲者として心から追悼することです。もちろん、あなた達は英雄である、として戦地に行かせて死なせ、戦後突然、あなた達は犠牲者だったというのは酷い話です。ですが、この酷い話を通過しなければ私達は前に進めない。国のトップが代表して、亡くなった兵士達に頭を下げるべきです。泣きながら彼らに語るべきです。私達は平和を望む。あの気持ちよさを復活させてはならない。だから誠に勝手ではるけれども、酷い話ではあるけれども、あなた達をこれから犠牲者として扱いますと。私達は、あなた達を英雄だと言って戦地に送り出し、そして犠牲者に変えたことを永久に意識し続けると。そしてあなた達を追悼し続けますと。重すぎる教訓として、あなた達の全てを私たちは受け止め続けると。そしてその代わりとして、その償いとして、我々は世界を平和にすると。彼らを永久にすればまた英雄として死んでいく人間たちが生まれる。兵士を英雄と言えば言うほど、我々は戦争に近づいてしまう。彼らを崇めれば彼らにあこがれる人間達が出てきてしまう。そういった人間達は、国が戦争へと傾いていく時、それに反対する勢力にはなり得ない。

 ドストエフスキーが言っていることですが、でも人間は一度思想に捕えられるとなかなか変化しないそうです。理論に理論をふつけても、その人間が変わることはごくまれです。彼らが変わるのは感情によってだとドストエフスキーは言います。そして、その思想を否定するだけではダメで、代わりに何か別の思想を得なければ彼阿は絶対変わることがないと。
 
 その通りだと思います。だから私も、代わりに何かを提示しなければならない。でも残念ながら、私はあの単純な気持ちよさに匹敵するほどの代替思想を提示することができない、私にはその能力がない。

 だから私が述べるのは耳障りな言葉になる。私は、もうすぐ死ぬ私は、最後まで耳障りな言葉を並べ続けることになる。

 我々は、平和平和と連呼する、戦争を望む国々から煙たがれる存在になるべきです。じゃあ何か、他国で紛争が起こり民衆が苦しんでいて見捨てるのか。これは強烈な意見です、ですが、その「紛争」の裏にあることを考えたことがあるでしょうか?大国たちの思惑が絡んでいる。巨大化した軍需産業が利益を得、戦後の復興で利益を得ようとしている企業達も暗躍している。私達は表面ではなく、その裏を糾弾する国家でありたい。紛争が起りそうな地域があれば飛んでいって、そのような「紛争」で大国の企業達が利益を得るような状態を防ぐために、「紛争」を事前に防ぐ行為をし続けたい。我々は平和理念を維持すべきです。我々はそれを理念として掲げ続けなければならない。これが変わってしまったら、現在でも大分逸脱している現実の、その歯止めがそれこそ本当に利かなくなる。もし他国で紛争が起ってしまったら、世界に堂々と主張しましょう。この裏には何国と何国の企業がいて、何国と何国がこの紛争で利益を得ようとしていると。そんなクズのような連中が背後にいあると。背後にいる彼らの動きが止まれた戦争など終わる。逆に言えば、背後で動き続ける者達がいる限り戦争は終わらない。戦争を現実的に可能にできないシステム作りに尽力するべきです。暗躍する軍需産業を野放しにするわけにはいかない。今、この瞬間にも彼らが大量に世界いばら撒き続けている武器を何とかしなければならない。武器が世界に溢れれば溢れるほど紛争は誘発される。裏で小国や武装勢力を操る大国達にも毅然と意見を言わなければならない。私は日本は軍を放棄しろなどと生温く無責任なことを言うつもりは一切ない。私達はただ先進国に見或るそれなりの軍備を自衛権として保有していればそれでいいのです。それだけでも私達の保有する軍備は世界有数のものなのです。私達は第二次世界大戦の単純な加害者ではない。原爆と民間人の空襲虐殺などを経験した被害者でもある。私達は加害者であり被害者でもある特殊な経験をした。そんな私達の特殊性を、他の国と同かすることで失っていいのだろうか?その私達のオリジナリテイを、失っていいのだろうか?スイスが永世中立国なら、日本は平和追求国家になるべきだ。私達がこのオリジナリテイを失ったらあの第二次世界大戦での膨大な戦死者達の死がそれこそ無駄になるのでは?私にはそんなことはできない。私には絶対にそんなことはできない。私達はあの戦死者達の命を思いながら、世界で戦争をなくそうと動く特殊な国になりたい。日本は本当はそういう国になるべきなのです。大国の指導者達や一部の多国籍企業達は眉をひそめるでしょうが、世界の民衆達は絶大に支持するでしょう。戦争で被害をこうむるのはいつも我々民衆なのだから。戦没者達もそれを望んでいるはず。自分達を英雄とみてくれなんて狭い精神の者はいないはず。彼らはそれくらい高潔であるはず。世界は―

 世界は大きな力のバランスによって成り立っています。その大きなバランスの中で、日本が戦争を可能にする舵を切ったらそのバランスが崩れるかもしれない。

 ビッグバンの時点で全てが決まっていたかどうか私には結局わからなかった。でも一つだけわかったことがある。全てかどうかわからないが、少なくとも、この世界に運命は存在すると。もっと正確に言えば、運命はこの世界に時々発生するものであると。皆の運命が生まれながらずっと決まっているとか、そういうことではありません。全体のことです。一つの大きな流れが生まれた時、どちらに転ぶかわからない巨大な石に様々な力が加わり、どこか一方へ落下していく時、その地からは運命となってもう誰にも止められない。

 私には今怒号が聞こえてきそうです。綺麗ごとを語るなと、世界の現実を知らないと。しかし私のことを理想論という連中は、それこそ戦争という現象を美化する理想論に囚われた連中だと言い返したい。戦争の裏で、どれだけ醜い利権がうごめいていることか!世界とはそれほど残酷で無残なものなのです。私はその怒号の中で、このようなか細い声を上げ続ける。このような声がなくなれば世の中は一気に暗転の流れへと加速してしまう。私達の物語を消すことなど誰にもできないと私は言い続ける。世界は目を覚ませと私は死んでからも言い続ける。利益によって人が死ぬことなど許すことはできないと言い続ける。我々は一人でも小さくても生きていけると言い続ける。この世界は楽しむためにあるのだと言い続ける。

 私達は平和のために動く国家になるべきです。そして我々のような考え方が世界に広がった時、つまりは丘の上の巨大な石が別の方向に落ちた時・・・・・・、この世界が平和になっていく流れをもう誰も止めることはできない。私はそう信じたい。

 我々の貴重な人生を、そのような全体主義に飲ませるわけにはいかない。私達の物語は、誰にも侵食されるものであってはならない。・・・・・・私達の身体は常に入れ替わり時に交換されている。私も、目の前にいるみなさんも、元を辿れば先祖は一つです。遥か遠くの熱帯に潜む何かの魚も、何億年という歳月を辿れば我々と同じ祖先を持ち、一つのアメーバのようなたゆたいだったのです。つまり私達は、そのどこかの魚と元々は一体だったということになる。世界をそのように眺める時、世界は全く違ったものとして私達の目に飛び込んで来る。その圧倒的なシステムにより私達は生まれたのです。その誰もが貴重なのです。日常の生活にやられそうになった時は、どうか意識を無理にでも広げてみてください。これらの圧倒的な宇宙と素粒子のシステムの中で誇り高く生きましょう。散々泣いたり笑ったりしながら、全力で生きてください。あなたの保有する命を活性化させてください。あなた達はせっかく無から有を手に入れたのだから。最後に・・・・・、みんなに言いたいことが―これまで、本当にありがとう。誰に何と言われようとも、私は全ての多様性を愛する。


 やっと、松尾さん(引用者注 遺言を仮託した前出の人物)の言っていることがわかったような気がする。人生っていうのは、比べるものじゃないって。一本の道、人の一本の道を、誰かと比べることなく生き切ることだって。誰かの人生を参考にするのは別にいい。影響を受けることだって。でも比べ過ぎては駄目なの。ねえ、いい?よく聞いて。他の人と比べることなんて、どうだっていいの。大事なのは、自分の前に出現したその自分の人生を歩くってことなの。他人と比べるなんて無意味。どんな人生も価値の上では等しい。それがどんな人生であっても。問題は、それをどう生きるかなの。人生っていうのはそれぞれ独立している。生きるってことは、それぞれの上に立った独自のあなたの時間を最後まで生き切ることなの。どんな人生だって、それがもし満足いくものでなかったとしても、それを最後まで生き切ったあなたは格好いいじゃない。平穏な人生より、それが困難であればあるほど、何とか改善しようともがいたりしながら、生き切った時に格好いいじゃない。(後略)

(以上中村文則『教団X』より)



 アンドレアス・テイールによるリーク 
 
 彼らは国というシステムを使っているだけだ。国など存在しない。国など抽象的な意味以外ではもう今の時代本当は存在しないんだよ。ただ彼らが利用するためにその概念を使うだけだ。国民などどうにでもできる。右傾化させようと思えばあっさり右傾化できる。(中略)我々が何をしても中国と韓国という『敵』さえ与えておけば我々を擁護してくれる。彼らは強い権力の側に身を置き、何かの思想の中に入って人を攻撃することが好きなのだ。他を攻撃すれば自分達が優れているという快感を得ることができるから。彼らは我々のような捕手を否定することは絶対にない。一度信じたらもう何を聞いても何を読んでも絶対に否定はしない。なぜなら、我々を否定することは自分の否定につながるから。一度信じたものから距離を置き、これまでの自分を疑い新しく生まれ変わる勇気を持つことができる人間など多くない。それは大変な苦痛だから。自分の考えなど彼らは欲していない。我々が巧妙に与えた思想を自分の考えとして思い込めればそれでいい。彼らはそれを取捨選択はしない。大きなものに取り込まれたいからだ。(中略)何かの大義が与えられる時、善の中に隠れ顔すら隠れることができる時、彼らは躊躇なく内面の醜さを解放する。隣国の脅威から自国を守る意志に突き動かされることで、結果的に我々の利益を増やし、この国を争いの危機に晒すことになるとも知らずに。我々は格差を広げていくが、それが我々の政策であることにも彼らは目を向けないでいてくれる。


・・・・・なぜ裁判官が、死刑を言い渡せるかわかるか?
 判例主義だからだよ。多くの裁判官は死刑を言い渡す時、判例主義のおかげで内面の負担を軽減している。何人殺し、状況はこうで、犯行の方法はこうで・・・・・・、それでおおよそ、判決は決まる。過去から続いてきた裁判官たち、その先人達の例にのっとって、彼らは判決を言い渡している。だから彼らは、自分達が特別な決断を、人の死を決めている自覚はない。少なくとも、自分にそう言い聞かせることはできる。
もちろん、裁判官という職を選んだ時点でその責任を引き受けろと言う人間もいるだろう。死刑囚を首吊りにする時、泣きながら暴れる死刑囚を押さえつけ、全身傷だらけになって格闘し、ロープの輪の中に無理やり死刑囚の首をねじ込む刑務官達にそう望むように。国の兵士達に対し、人間をしっかり殺すことを望むように。・・・・・そんな司法への不満を逸らすために、裁判員制度にしたんだよ。負担を分担できる。量刑への不満も言われなくて済む。死刑のある国で、国民に量刑まで決めさせる先進国は日本とアメリカの一部の州しかない。多くの国民はそんなことも知らない。国民にそんな負担を押し付ける国はEUから見れば狂気の沙汰だがこの制度は続いていく。国家には死刑が必要だ。死刑、つまり殺人という行為により“法”そのものを強制化することができる。戦争の権利を有することにも繋がる。心に変調をきたしている裁判員も増えている、でも不満が出れば巧妙にメデイアを使い世論をコントロールすればいい。精神に変調をきたした裁判員が実際どうなったかは追わずに、心のケアの重要性、とか言っていればいい、ちょろいもんだよ。つまりこの国は官僚天国。

(以上中村文則『教団X』より)




8月23日追記

※坂の上の満州族による創作神話年表について。
その流れは大略次のようになっている。
超重要な数字としてインプットされたい。


1616⇒1717⇒1818⇒1919⇒2020


創作神話年代記の内訳

1616年・・・薔薇十字団結成(イルミナチオ)

1717年・・・国際フリーメーソン結成(当初よりイルミナチオに換骨脱胎されている)

1818年・・・アーヘン会議開催(ナズグルの『元型)が集結)

1919年・・・パリ平和会議(第二次八百長世界戦争の準備会議)

2020年・・・東京オリンピック開催予定年




坂の上の満州族の私物国家『日本』の首都『東京』で開催される『炎の祭典』の象徴化
(『』内はすべて錬金術的哲学に基づくネーミング)
https://www.youtube.com/watch?v=sk6uU8gb8PA

『光の箱』=コンビニ=イルミナチオの象徴化。  
『光の箱』の中にいる人間=『コンビニ人間』の象徴化。
全体として『変容』の儀式によって人造人間になった9人の象徴化。
ナズグルの象徴化として見ることも可なり。


小池百合子・・・満州王族(『東京』都知事 高級デリヘル)
安倍晋三・・・・朝鮮王族(『日本』国首相 バフォメットの使い走り)
椎名林檎・・・ 朝鮮王族
キテイちゃん・・  猫=太陽の娘=可愛い
フェニックスの象徴化
どらえもん・・・22世紀からやってきた猫型ロボット=ピースなフェニックスの象徴化
キャプテン翼・・フェニックスの象徴化
マリオ・・・・・躍動感あふれるバフォメットの象徴化
緑の土管・・・・『666』の象徴化
赤いボール・・・フェニックスの象徴化
リオの巨大なキリスト・・・リオを監視するオオワシ=坂の上の満州族の象徴化


4:18~非常に深刻なシナリオを象徴化している。





※2015年について
年頭から『666』の軍事部門が第三次八百長世界大戦に向けて本格的に始動している。
政治部門では『北朝鮮拉致問題(統一協会のお仕事)』の関係者が『今年こそ正念場』を訴え、
文学部門でも152回から芥川賞&直木賞受賞(デキレース)が華やかな話題を提供している。
いずれも第三次世界大戦のシナリオのために金と人と時間をかけて用意されたヤラセである。




※ついでにSMAP解散劇について
解散劇の演出を担当している文春も2015年初頭から捏造記事を載せ始めている。
何度も書いてきたようにSMAP解散はアルカナの途絶と密接に関わり合っている。
アルカナの途絶により統合失調が昂進し引退を余儀なくされる芸能人がチラホラ出ているが、
草なぎ君もその一人であり、SMAP解散はとっくに既定事項なのである。
(血統の上に胡坐をかいている似非作家と違って芸能人は需要が高く消耗も激しい)
そもそもSMAPは草なぎ君のために用意されたのである、といっても過言ではない。
SMAPの象意は皇帝である。それくらい草なぎ君は序列の高い満州王族なのである。
そして草なぎ君も堀北真希と同じく『結婚』によって有終の美を飾ろうとしている。
それは決して工藤静香のせいなどではない。指名権はキムタクにあり彼女にはなかった。
彼女はひたすらキムタクに耐えているだけであり夫を唆すことなど到底不可能である。
その工藤静香をSMAP解散の元凶に仕立てようと画策している工作員がいるが、
(ジョン・レノンとオノ・ヨーコによるビートルズ解散劇の二番煎じのようなシナリオ)
キムタクの事務所残留による紛糾は飽くまでSMAP解散劇の辻褄合わせに過ぎない。
ジャニーズ事務所の社長なんかよりキムタクの方がよっぽど権力を持っているのだから。
何しろキムタクは草なぎ君の次に序列が高い(ちなみに№3はゴロー君である)。
しかも5人のメンバーの中で唯一統合失調がほとんどない。
謝罪会見で中央に立って司会を務めたのも彼が有能で使えるからである。
イケメンにも拘わらず彼の本質は自在に言葉を操ることができるその口先であり、
『変容』した悲しみの目で金ではなく肩書を見ている頭の良い野心家の満州王族である。



※1818について
第155回目の芥川賞&直木賞は『錬金術の四つの過程』の四つ目を象徴化している。
『コンビニ人間』で芥川賞を受賞した村田沙耶香は大鷲を象徴化する高位の満州王族である。
ここまでは従前の記事の内容と重複するが問題はこの先からである。
創作神話上の村田沙耶香は18歳のときにコンビニでバイトを始め、
以来18年間ずっとバイトしていた『コンビニ人間』ということになっている。
つまり彼女は大鷲と同時に1818を象徴化しているのである。
村田沙耶香はアーヘン会議の象徴化あるいは初代の9人のナズグルの象徴化である。
彼女の知能は普通より低いが序列の方はとんでもなく高い。




※GGについて
GGはグレート・ギャツビーすなわちオルギアの主催者の象徴化である。
1977年生まれの西加奈子はGGのメタファーとして機能している。
小説を書いていない(書けない)彼女の自宅にはトモダチが気楽に集う雰囲気があるらしい。
同じく1977年生まれで小説を書かない(書けない)中村文則もまた紛れもなくGGである。
中村文則は覗きの変態である。なのでこちらの方が真のGGにふさわしいといえよう。
本物のオルギアはたぶん年9回催される。それは酒宴ではない。小児性愛者たちの狂宴である。
9人同時に行った『変容』の儀式の象徴化であり同時に再現でもある。



中村文則『教団X』のXはバフォメットの象徴化である。
「こういう小説を書くことが、ずっと目標の一つだった。これは現時点での、僕の全てです」
中村文則があとがきで述べているように全てが露呈している。彼は一行も書いていない。
アンドレアス・テイールによる原作を3人の作家が完成させている。
 


本書はカルトとポルノと文学もどきの混淆である。
歴史のプロパガンダも盛大に混入している。
キメイラの如きゲテモノである。
読むに値するのはアンドレアスの原作部分だけである。


あとがきの最後で「これからも、読者とともに齢を重ねていけたらと思う。
共に生きていきましょう」などと汚物を載せた掌を平然と差し出しているが、
未だ本書を読んでいない人は読む必要はまったくない。
中村文則の正体を知りたいと思わない限り読まないことがベストである。


3人の代作者の内訳は、哲学部門のトップと通常の日本人の代作者とポルノ作家である。
延々と12ページに渡ってポルノグラフィーが続く箇所があり、なかなかの巧者であるが、
しかしポルノを読みたいときはポルノを読むし、文学を読みたいときは文学を読むのであって、
ポルノを読みたいと思って本書を手にとった読者はまずいないだろう。
こういう傍迷惑なボーダーレスによる文学のミンチ化は、大崎善生もせっせと試みているが、
映画産業でも三島由紀夫の預言(すべての映画はブルーフィルム化する)が実現されつつある。


この場合、哲学部門のトップというのはゲルマンの天才のことではない。
坂の上の満州族の私物国家日本に於ける哲学部門のトップを指す。
スッタニパータを歪曲化して、量子物理学に挿し木し、それを脳科学に偽証させている。
知性も教養も何もないが知能だけはやたらと高い。メフィストフェレスよりも悪魔的である。
恐らくこの哲学部門のトップは新田章である。そして彼こそはゴーセンの真のメンターなのだ。
このような輩が予備校で小中学生に『数学・英語・国語・社会・理科』を教えているという。
『本当の鬼は驚くほど優しい顔をしている』(山岸凉子『パイド・パイパー』)を想起する。
これは桜木柴乃『霧(ウラル)』の帯の文句の記憶違いです。
内容は山岸凉子『パイド・パイパー』です。両者ともアンドレアス・テイール原作。




8月20日追記

※芥川賞&直木賞について
第152回~155回は第三次世界大戦のシナリオの本格的始動と足並みを揃えている。
『666』の軍事部門と文学部門が連動している実例としてインプットされたい。



『錬金術の四つの過程』を象徴化する四回の芥川賞&直木賞の内訳は以下の通り。
2015年1月15日 第152回芥川賞&直木賞 コウモリの象徴化
2015年7月16日 第153回芥川賞&直木賞 フクロウの象徴化
2016年1月19日 第154回芥川賞&直木賞 ワタリガラスの象徴化
2016年7月19日 第155回芥川賞&直木賞 オオワシの象徴化




芥川賞&直木賞を受賞した4人の大物王族たちの序列と象徴化する鳥は以下の通り。
(但し王族の序列は鳥の序列に従わない)  
序列1 村田沙耶香 高位の満州王族 オオワシ   受賞作は文学部門の若き王カールの原作
序列2 又吉直樹  高位の朝鮮王族 コウモリ   受賞作は王アンドレアス・テイール原作
序列3 中村文則  高位の朝鮮王族 フェニックス 受賞作はアンドレアス・テイール原作
        (但し『2012年千年王国樹立』のシナリオの絶頂期に於ける受賞である)
序列4 西加奈子  高位の朝鮮王族 フクロウ   受賞作はアンドレアス&カールの原作




※ポチは互いを補完する
この四人の王族はまさに互いを補完しまくっているが、
過ぎたるは及ばざるが如し、やり過ぎは墓穴を掘る。




※ポチは芋づる式である
トモダチの補完関係を考察することにより、
ポチを芋づる式に捕捉できる。
実例① 西加奈子宅の『酒宴』に参加する常連のトモダチ
実例② ダヴィンチ誌上に於ける露骨なトモダチ褒め




※中村文則について

代表作の一つとされる『掏摸』の原作者は『666』の文学部門のゲルマンの王カールである。
カールが日本語で1章、6章、11章、12章、18章、あとがきを書いている。
これ以外を名前を奪われた日本人の男性作家が書いて作品を完成させている。
中村文則(悲しみの目で金を見ている朝鮮王族の口先男)は一行も書いていないが、
2013年ウオールストリートが選ぶミステリー年間ベスト10に選ばれ、
2014年デーヴィッド・グーデイス賞を『日本人』として初受賞している。
デーヴィッド・グーデイスも悲しみの目で金を見ているスラヴ王族で知能の低い口先男である。
 




※塔について


『掏摸』の原作者カールは、新作映画『ザ・グレートギャツビー』の脚本も書いている。
『掏摸』の主題を象徴化する塔は、新作映画『ザ・グレートギャツビー』の呪術の塔である。



   
河の中に屹立する監視塔=呪術の塔の象徴化   
眼鏡の看板=灰の谷を監視する大鷲の象徴化




※灰の谷
『666』の『錬金術』の象徴化あるいは『錬金術』に従事する変態ポチの一群の象徴化。
『千と千尋の神隠し』はこの灰の谷の世界を下敷きとして描かれている。
原作はアンドレアス・テイール、作画は高畑勲である。




映画産業が呪術であることを象徴化している





20世紀の呪術の集大成である





『666』の『錬金術』を象徴化している
 





『仄暗い水の底から』の原作者はアンドレアス・テイール。
河合美津子ちゃんは呪術の河の象徴化、屋上タンクは呪術の河に立つ塔の象徴化。
郁子ちゃんは賢者の子の象徴化、母親役の黒木瞳はバフォメットの象徴化。
アンドレアスはこれと同じシチュエーションを用いていくつかのバリエーションを創っている。
『硝子の葦』、『八日目の蝉』、『MOTHER』はいずれもアンドレアス・テイール原作である。
「賢者の子とバフォメットの白夜行」という同じ主題のもとに異なる複数の物語を紡いでいる。
すべての道はアンドレアスに通ずる。やがてその道は若き王カールへとわれわれを誘うだろう。
本作の原作者に擬されている鈴木光司は悲しみの目で金を見ている朝鮮王族の口先男である。
https://www.youtube.com/watch?v=vh0Lg2ApKzc





※眼鏡(大鷲の象徴化)について


村上春樹翻訳ライブラリー『グレート・ギャツビー』の表紙と、
カズオ・イシグロ『私を離さないで』の表紙の象意も、ともに大鷲である。
これは前者の真の翻訳者と後者の真の作者が同じである、というサインである。



本書はアンドレアス・テイールが全文を日本語で書いている。
巻末の訳者あとがきの「翻訳者として、小説家として」は、
処刑を目前に控えたアンドレアスのデスメッセージそのものである。
 



村上春樹はかなり血統の高い満州王族である。
金を見ている目が特長で口先だけがやや達者である。
知性も教養も感性も愛情も信仰心もない。
ともかく何にもない。ただ空疎である。
もとより小説など書けよう筈もない。



写真は『ダ・ヴィンチ』村上春樹特集号「今こそ村上春樹 1Q84×2012」より。
 




メデイアファクトリー発行の本誌は、
似非作家のためのアリバイ工作を主目的としている。
高位の朝鮮王族だがやや知能の低い又吉直樹は、
ここで着々とアリバイを積み重ねた後に、時やよし、
満を持して打って出て見事に芥川賞受賞を果たしている。
非常に分かり易い、絵に描いたようなサクセスストーリーである。






スコット・フィッツジェラルドは高位のスラヴ王族。
妻のゼルダはさらに高位のスラヴ王族である。
2人とも普通より知能が低い。お互いに愛情もない。
かの有名な逸話の数々はすべて創作神話である。





妻の方が序列が高い。
 






(大鷲の象徴化についての続き)
『Never Let Me Go』の邦訳『私を離さないで』の表紙も、
カセットテープ≒眼鏡すなわち大鷲の象徴化である。
本書はアンドレアス・テイールが英語で全文を書いている。
ゲルマンの天才がDNA段階から操作され、
純粋培養による特殊養育を施されていることを『象徴化』している。
彼ら彼女たちの魂を掠め取る悪業の上に似非作家たちの詐欺行為が成立している。
 



カズオ・イシグロは悲しみの目で金を見ている朝鮮王族で一行も書いていない。
知性も教養も感性も愛情も何もないが話術だけは達者で講談師の域に達している。
 
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