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備忘録8月



8月19日追記

訂正
あれからちょっと考えたんですけが、
やっぱ文学部門の若き王の名前はAで始まる名前ですね。
しかし便宜上カールで行く。そういうことでお願いします。


では引き続き『サラバ!』。



無駄に長いので19:33~数分間に留めて視聴されたい。
西加奈子がベラベラ喋っている部分はいわゆるネタである。
彼女には『自作品』を書く能力も理解する知性もまったくない。
そういう自己申告をしている動画である。
https://www.youtube.com/watch?v=iradYVRIIDU


23:14~

女性アナウンサー
「(お母さんを描いた箇所について)こういう人を見る表現てどういうところ・・・」

西加奈子
「なんかねえ・・これ言うとカッコつけちゃうみたいなんですけど、物語が要求してくる、表現みたいなのが、出て来るんですよねどうしても・・たとえばやっぱりお母さんが、そうなったのって、スー(息を吸う音)、なんかこう、ナチュラルにお母さんのこと書くときに、なんかお母さんて自分の体の真実に寄り添える人なんじゃないかなあっていうので、どんどん文章が出来ていって、だから歩君?、そう主人公、こうなんだとか、文章に引っ張られることが多くて・・どっからって言われると、どっからなんでしょうね(笑)、自分以外になったことないから(笑)、自分のこと客観的に見れないんですけど(笑)・・





幼稚で貧困な語彙にかてて加えてこの支離滅裂さ。
女性アナウンサーにも正体を見抜かれているし、
西加奈子が『サラバ!』を書いたというのは2万%アリエマッセン。
私は声を大にして何度も言いたい。
『サラバ!』はアンドレアス・テイールの原作である。
完成させたのは名前を奪われた日本人の女性作家で、
この女性作家が『コンビニ人間』も完成させている。
彼女もまごうかたなき天才であると。


『サラバ!』は意表を衝く『象徴化』によって演繹された後、
終焉に至って再び始源へと帰納し円環していく。
あたかも『火の鳥』(アンドレアス原作)のように。
物語が最初に始まる部分はアンドレアスが日本語で、
最後にもう一度始まる部分はカールが日本語で書いている。
(2人とも日本語で古典を読めるほど造詣が深い)



以下は登場人物が『象徴化』するものである。


〇歩・・・神の子(GOD'S CHILD)
『サラバ!』上巻冒頭 「僕はこの世界に、左足から登場した。」
『サラバ!』下巻最後 「僕は、左足を踏み出す」
神の左足≒神の左手
腐敗した地球に落とされた神の子の『象徴化』

アンドレアスの作詞
背景は『錬金術的哲学』の意匠に満ちている
https://www.youtube.com/watch?v=iyw6-KVmgow


〇ヤコブ・・・アンドレアス
ヤコブは歩の光である。


〇貴子・・・・ワタリガラス
貴子は矢田のおばちゃんの後継者である。


〇お父さん・・・「すくいぬし」=悪魔
「すくいぬし」はあいうえお順で13番目の「す」の真中の段の右から3番目の言葉である。


〇お母さん・・・蛇
お母さんの「すくいぬし」がお父さんである所以である。


〇kさん・・・世界支配層
お父さんは世界支配層に招聘されたのである。


〇矢田のおばちゃん・・・ヤタガラス
矢田のおばちゃんは姿を見せないカルト教祖の『元型』である。








8月18日追記


サラバ!』の原作者はアンドレアス・テイール。
目視できる限りでも優に30mを超す白い生物は白龍の『象徴化』である。
(それはアンドレアスの霊感の源泉であるがカールにはまだ理解できていない)
アンドレアスが全体の構成と主題の設定および2割くらいの文章を日本語で書いている。
西加奈子の代作者として予め名前を奪わている日本人の女性作家が完成させている。





『サラバ!』はアンドレアスがカールのために書いた遺言である。
姉の貴子が歩に宛てた手紙はアンドレアスが日本語で全文を書いている。
貴子に仮託しながら父として息子に向けて書いた遺書であり下巻の白眉である。
「あなたの信じるものを、誰かに決めさせてはいけないわ」
「おまえが消えてよろこぶ者に、おまえのオールをまかせるな」(アンドレアス作詞・宙船)
最後の59章58章~63章はカール自身が日本語で書いている。

 




主人公は圷歩(あくつあゆむ)。
AAすなわち11の『象徴化』である。
途中から両親が離婚したため今橋歩に変わる。
略してイマバと三文字で呼ばれるようになる。
秋葉原をアキバと略称するように。
これは三桁の認識番号の『象徴化』である。
最も肝心なことは彼が1977年生まれという設定で、
これは77=GG=グレート・ギャツビーの『象徴化』である。


 


実際に1977年生まれの西加奈子もまたグレート・ギャツビーのそれであるが、
より正確に言えばオルギアの主催者としてのグレート・ギャツビーのメタファーである。
この西加奈子を中心にして王族のトモダチが親睦を深めている。


ポチは互いに補完する。


この定理に従って想定される構成メンバーは次の通り。
主催者 西加奈子 
参加者 村田沙耶香 中村文則 羽田圭介 津村記久子 朝井リョウ 
全員が他人様に『自作品』を書いてもらっている。
メンバーは7人なのであともう一人いる。作家ではない可能性がある。


『サラバ!』の主人公とド変態の西加奈子とは峻別されなければならない。
主人公の『僕』は西加奈子とはまったくの別人格である。
『サラバ!』の『僕』は『コンビニ人間』の原作者カールである。


また『サラバ!』と『コンビニ人間』を通読すれば歴然としているが、
両者は同一の人物によって書かれている。
つまりゲルマンの天才の原案をもとに両者を完成させた代作者は同一人物である。


∴西加奈子=村田沙耶香


西加奈子は高位の朝鮮王族。
村田沙耶香はさらに高位の満州王族である。
両者とも悲しみの目で金を見ている。
知性も教養も感性も愛情も信仰も何もない。
2人とも自作品には一切関知する能力がない。
なのでこの等式は十分に成立する。


実例
原作者はアンドレアスの地位を継ぐ文学部門の若き王(30歳)カールである。
それを元に名前を奪われた日本人の女性作家が、村田沙耶香のために代作させられている。
次に彼女は西加奈子になり代わって、自分が完成させた作品の解説を書かされている。
これ以上はないほど村田沙耶香を持ち上げさせられている。あのパープーの村田沙耶香を・・・
冗長で冗漫で抽象能力のまったく欠如した長口舌が特長の西加奈子にこんな文章は書けない。



※三島由紀夫
三つの団子三兄弟のユニットから編成される大物変態ポチ。
平岡公威は拙い短いエッセイはわずかに書いているが小説は書いていない。
缶詰めにされたホテルで渡された完成原稿を端正な字で清書するだけである。





8月16日追記


『八日目の蝉』はアンドレアス・テイールのメッセージである。


内扉   腐敗あるいはニグレドの『象徴化』
 


裸本状態  白化と赤化の『象徴化』



表紙  『錬金術哲学』の『象徴化』 



『八日目の蝉』の原作者はアンドレアス・テイール。
作品として完成させたのは名前を奪われた日本人の女性作家である。
満州王族で悲しみの目で金を見ている口先女の角田光代ではない。
アンドレアス原作の『紙の月』を完成させたのもこの日本人の女性作家である。



表紙の象意
赤いY字線はフェニックスの『象徴化』である。
丸く膨らんだ土の部分は子宮の『象徴化』である。
土の中の子どもは『賢者の子』の『象徴化』である。
右下には『錬金術哲学』を『象徴化』する木がある。


『賢者の子』の名前は薫。おそらくはカールである。
それはアンドレアスが『MONSTER』でくり返し使った、
アンドレアスの後を継ぐ文学部門の若き王の名前である。
彼はアンドレアスが見ることのかなわなかった世界を見る。
『八日目の蝉』にはそういうメッセージが込められている。





文藝春秋9月号と文学界9月号はセットで発売されている。


 


9という数字自体がフェニックスの『象徴化』であるが、
両者とも表紙がフェニックスの『象徴化』になっている。
文藝春秋の鶏頭はフェニックスの『象徴化』そのものである。


文学界は表紙全体の赤色でフェニックスを『象徴化』している。
描かれているのはアノニマスに模した三島由紀夫。
アノニマスは千年王国のカルト教祖マーニーの『象徴化』。
三島由紀夫は変態ポチの中の変態ポチ。
いわばキングオブ変態ポチである。




文藝春秋の村田沙耶香誌上インタビュー記事と
文学界の中村文則と村田沙耶香の誌上対談もセットになっている。
いずれもそういう形式を装ったアリバイ工作である。
 





文学界の誌上対談は一人の人間によって書かれている。
おそらく村田沙耶香をよく知る日本人女性が書いている。
彼女は中村文則になりかわってコンビニ人間を絶賛している。
(中村文則もまた小説を書けない王族の1人である)
ご丁寧にも村田沙耶香が自らのバカを免罪する箇所まである。

 


村田 ・・・・・誰かと対談する時にいつも思うんだけど、私って何も考えずに書いているなって。  


中村 そういうふうに言うと思ったけどさ(笑)、実際にやっていることはすごく緻密なんだよ。でも小説ってそういうことじゃないかな。意識だけで書いていても、それはその人間のレベルを超えられないから。自分を超えるには無意識をいかに使えるかで。


村田 私自身はすごくバカで、だから主人公の言葉を借りれば、小説の声みたいなものに従わない限りは小説ができなくて、頭がいいひとはたぶん、自分の知識とか自分の力で書けるんだろうけど。


中村 でも、あるよ。小説が「こうだな」っていう感じ。僕も創作ノートは書くけどどんどん変わってくるし、変わったら変わったほうに行く。小説自身が「こっちのほうがいいんだ」っていうことだから。そうすると、やっぱり自分が最初に想定していたものより良いものができる。


村田 よかった。


※小説の声=ゲルマンの天才の原案

※無意識=名前を奪われた代作者






こちらは文春の援護射撃。題して「バイト歴18年のコンビニ愛」
受賞会見に於ける本人の自己申告とはまったく違う標題をつけ
内容も切り貼りして改竄している。相も変わらぬゲス無双ぶりである。



文春の掲載写真は作家を演じる朝鮮王族のトモダチたちである。
この中で序列は高位の満州王族の村田沙耶香が最も高い。



本人の自己申告
https://www.youtube.com/watch?v=HkU1DIoCB94

質問者
「お仕事はいつから?」

村田沙耶香
「えーと、初めてバイトをしたのは大学生のころでしたが、けれど、たとえば主人公のようにずっと続けていたわけではなく、してないで小説に専念しようと思った時期もあれば、んー、違うバイトをしていた時もあるんで、ずっとコンビニだけしか働いていたわけではないんです、ハイ」



※「小説に専念していた時期」
これは実在しない架空の時期のことである。
バイトをしていた時期というのもこれに準ずる。
アリバイ工作のために正味一週間あるかないか。




茂木健一郎は西加奈子に対して強い怒りと嫌悪感を持っている。
おそらく本を書かない口先女であることを知っているのだろう。
西加奈子もそういう茂木健一郎を感じ取って嫌悪している。
西加奈子の滑舌はほとんど芸人の域に達しているが、
頭の中身は村の寄合の雑談程度のことしか詰まっていない。
人相はオルギアのド変態を髣髴させる険悪な相である。
この西加奈子を扇の要にして王族のトモダチが親睦を深めている。
https://www.youtube.com/watch?v=DBzZgoEq6xA








『コンビニ人間』の表紙は次のことを『象徴化』している。
①『コンビニ人間』の原作者は『バットマンvsスーパーマン』の脚本を書いた人物である。
②『コンビニ人間』は『変容』の殺人儀式によって自我を凍結破壊された人造人間である。
③中国、アメリカ、ロシア、北朝鮮、日本は第三次八百長戦争のためのトモダチ関係にある。
④アメリカ軍が洋上から核ミサイルを中国に向けて発射するシナリオである。
 









8月15日追記

自然の草叢の中で咲いているなでしこ
  


8月13日追記

『コンビニ人間』について。


『コンビニ人間』の原作者は文学部門のゲルマンの天才である。
彼もアンドレアス・テイールと同じく日本語で文章が書ける。
すばらしい文章である。涙が止まらなくなる。


彼の文章を骨子にして日本人の女性が完成させている。
この女性もまた天才である。
つまり本作品は二人の天才によって書かれている。


村田沙耶香は『コンビニ人間』の内容をグロテスクと称している。
しかし2人の天才が紡いだ作品の上に、
頭の弱い自分の名前を冠することには違和感を覚えない。
その感覚の方が万倍もグロテスクであることが理解できない。
『666』に順応した高位の満州王族として、
高価なファッションに身をまとい『コンビニ愛』を騙る。


コンビニは『666』の『象徴化』である。
『コンビニ人間』は『666』に仕える人造人間の『象徴化』である。
『コンビニ愛』とは『666愛』に他ならない。


『コンビニ人間』の行間の一行一行に、
ゲルマンの天才の強い怒りと悲しみが溢れている。
この人は死んでしまいたいと思っている。
だけど私はあなたに生きていてほしい。















8月12日追記


2015年9月号文藝春秋誌上に於ける受賞者インタビュー
羽田圭介「綿矢りささんに先を越されたと思った」
 


『スクラップ・アンド・ビルド』を書いた代作者と、
文藝春秋誌上のコメントを代作した人物は明らかに別人である。
しかし羽田圭介は『受賞作品』をほとんど理解できないので、
受賞会見インタヴューでは、代作者ではなく、コメント作成者の見解に基づき、
受賞作の主題をより普遍的な対立構図にすり変えた、見当違いのコメントを述べている。
いたずらに虚勢を張ったり、無意味に饒舌だったりする落ち着きのない挙措からは、
覚醒剤系の合法ドラッグを使用している可能性が窺われる。


王族のトモダチの村田沙耶香と同じく、この人も外見主義である。
村田沙耶香の髪型は天才カリスマ美容師の手になるものであろうか、
本人の欠点を長所に代えてあまりあるすばらしい傑作である。
コンビニのバイト料がすべて吹っ飛びそうな高級ファッションともマッチしている。
(仮にバイトしていると想定した上での話であり、事実を横に置いての喩えであるが、
週三日時給八百円の一か月分の給料では絶対的に不足する値段の服であることは間違いない)
羽田圭介の方はそれに比べると一段落ちるが、金と手間暇は惜しみなく掛けている。
ストレートパーマのかかったショート・ボブ、着ている服も十数万はくだらないであろう。
アイメイクをバッチリ決め、ブローペンシルで眉を描き、ヌードカラーで唇を塗っている。


感想
『スクラップ・アンド・ビルド』は、統合失調者の世界観を構築した作品である。
あるいは羽田圭介の代作者自身が、軽度の統合失調を患っているのかも知れない。
文字通り精神疾患者の手になるスクラップであり、そこには芸術性のかけらもない。
植松容疑者の『手紙』と同一の主題が呈示され、実効力を持つ方法が試された後、
(但し本作の代作者よりも植松容疑者の『手紙』の創作者の方が遥かに頭が良い)
突発的な出来事で主人公が心理的破綻をきたし、物語は唐突に終わりを告げている。
本作の題名は順当に『ビルド・アンド・スクラップ』にすべきであろう。
本作は主人公の内面世界で終始自己完結している。老人はスクラップではない。
読了するまでひたすら忍耐を必要とし、それも最後の数ページで切れかかった。
このような作品がなぜ芥川賞を受賞したのか、いくらなんでもオカシイだろう。
そういう感想しか出てこない。










8月11日追記

トウルルルートウルルルートウルルルー

ガチャッ

「はい、こちら夏休み子ども相談室です」

「あのー・・・あくたがわしょうさっかについて教えてください。
あくたがわしょうとかなおきしょうってなんですか?
なんで大人のひとたちはあんなに大さわぎをするんですか?」

「はい、あれね、
あれは文藝春秋の詐欺商法に冠された商標なんですね。

あ、ごめん、ごめん。
ちょっとむずかしい言い方でしたね。
これじゃ分からないよね。

つまりね、ぶんげいしゅんじゅうという、
本を出している大きな会社なんだけど、
そのぶんげいしゅんじゅうという大きな会社が、
サギ、鳥のサギじゃないですよ、
ぜんぶデタラメでできていることをやっている。
そうそう、ウソつきなんです。

小説、つまり大人の書いた作文ですね、
その大人の人の書いた作文の中で、
一番いいと思ったものに賞をあげるんですけど、
それにあくたがわしょうとかなおきしょうとか、
そういう名前をつけているんです。

それでね、どの作文が、どの賞をもらうか、
最初から決まってるんです。
賞をもらう人も最初から決まっています。
そういうデタラメ、ウソをやっているんですね。
ぶんげいしゅんじゅうという大きな会社が。

もらう人は王族です。
王族の人たち、王族、分かるかな、
まあ王族っつってもピンキリなんですけど、
そういうエライ人たちがいるわけです、日本に。
深いわけは今は言えませんが、話がながくなるので、
まあコッソリいるわけですね、この王族という人たちが。

その王族の人たちに賞を上げるんですね。
ぶんげいしゅんじゅうという大きな会社が、ね。
そういう風に決まっているんです。
元々そのためにつくった賞なんです。
でもこの王族の人たちは自分で作文が書けません。
だから自分の代わりに日本人に書かせています。

つまり今までのお話をまとめると、
どの王族の人にどの賞をあげるから、
だからどういう作文をどの日本人に書かせるか、
そういう順序で最初から決まっている。
そういうことなんですね。

それから作文のもとを書く人、お話のもとだね、
それを書く人も決まってるんですよ。
それは何とドイツ人なんです。
え、ドイツ人なのに日本語で書くのって?

その人は日本にいたことがあるんですよ。
小さい頃に日本にいて、日本語できるし、
日本の古~いお話、古典というんだけど、
それもいっぱい読んでいるし、
それで日本料理も好きなんですよ。
自分でお味噌汁作ったり干物を焼いたりするの。
で、その合間に、
ドイツ語と日本語と英語で世界中のお話を書いているんだよ。
凄いねー

このドイツの人が考えたお話をね、
日本の場合は日本人が完成させるんだけど、
外国の場合はユダヤ人、分かるかな、
ユダヤ人という人たちが完成するんですね。

それで、それをどの王族にあげるか、
その王族がどういう賞をもらうか、
みんな最初から決まってるんです、日本でも外国でも。

その王族たちがが、
『この作文はみーんな自分が考えて書きました』
ということにして賞をもらうんですよ。
ね、ビックリでしょ?

こういうの大人の世界ではデキレースっていうんだけど・・・
分からないよね?

え、分かる?
ああ、そうか、そうか、ズルする子、いるよねー、
くじ引きでアタリを知ってて引く子いるね、
ま、あれとはだいぶちがうけど・・・
みんながグルでやってるからね、大人の場合は。

まあ、そういうことですよ。
みんなでズルを知っててみんなでグルでやる。ね。
こういうのをお仕事にしているのを詐欺商法といいます。
それがぶんげいしゅんじゅうっていう大きな大きな会社なんだね。

あ、よーく分かった?
よかったですね。
え、スゲーくだらねー?
そのとおりです。
きみはなかなかシャープですね。
いえいえ、どういたしまして。
じゃ、ほかの宿題もがんばってね」

ガチャッ

ツーツーツー




デキレース実録生中継
https://www.youtube.com/watch?v=23myCmSd4Fs
全員が悲しみの目で金を見ている朝鮮王族。この中で自分で本を書いている者は皆無である。
受賞会見のQ&A想定集も他人に考えてもらっているし、誌上対談も代作者が書いている。
3人とも自分の『受賞作』の内容を1~2割くらいしか理解できない。

 

詐欺商法が大当たりした文藝春秋2015年9月号  表紙はバフォメットの『象徴化』




表紙をめくると見開きで又吉直樹が登場する。
AGFのAはアイヌアのA(坂の上の満州族の『象徴化』)。
GはGoogleのG(大鷲の『象徴化』)。
Fは『666』の6部門の変態ポチの『象徴化』。
しかもGには『錬金術』を促進する三つの指輪が『象徴化』されている。
又吉直樹はかなり高位の朝鮮王族である。ボケ役としてではなく単に知能が低い。
口先も達者ではない。金を見ている悲しみの目が特長である。
 


原作者はアンドレアス・テイール。『変容』の儀式をリークした重要作品である。



本作はアンドレアスが書いた文章によって骨子が作られているが、
又吉直樹の代作者には知性と感性が不足しているため、
(又吉に見合った力量といえなくもないが)
アンドレアスが書いた文章と代作者が肉付けした箇所が明らさまに分離している。








8月9日追記

平成天皇による11分間スピーチについて。


以下独断と偏見によって単刀直入に述べます。
生前退位を云々するまえに我々には考えるべきことがあります。
孝明天皇父子を弑逆するずっと前から、
日本人の天皇というものは根こそぎにされていたのですから、
日本の『国体』などというものは存在しない。
『この国の形』なんてものは全き幻想に過ぎない。
このまごうかたなき事実に対峙すべき時が来ていると思います。
カッコウの卵は誰のもの方式で血統を入れ代えられ、
坂の上の満州族の都合の良いように歴史を書き換え(記紀神話も例外ではない)、
列島まるごと『錬金術』されてきた。
そのルーツはおそらく元寇のころにまで遡ることができるでしょう。
すくなくとも徳川時代中期以降には日本人の天皇というものは存在していない。
これだけは言えると思います。


つまり従前の私の明治維新論は完璧にこの根本を取り違えています。
『不磨の大典』と賛仰された明治憲法も、『占領憲法』と呼ばれる現行憲法も、
ともに満州王族による押しつけであり、その本質的に於いて何ら変わることはない。
その時々の御主人さまの都合に合わせて、「国体」も「憲法」も勝手に変えられるのです。


東アジア敵対外交の本チャンである2016年、
いよいよ佳境にはいってきた大陸、半島、列島の敵対関係を、
陰で扇動している真の特権階級は次の通り。
長男 朝鮮王族(序列3)
次男 スラヴ系王族(序列1)
三男 満州王族(序列2)


『北朝鮮拉致問題』『ヘイトスピーチ』の延長線上にある『ヘイト殺人』の元凶も、
これら『666』の上位を占める王族たちに他なりません。
統一信者(庶民の朝鮮人)を人的資源として使い捨てにするこの残酷なヤラセと
村田沙耶香(高位の王族)を売り出すイメージ戦略とは裏表一体の関係にあります。


東アジア敵対外交を牽引する王族たちの実例は次の通り。


巨大コングロマリットの経営者たち。
新聞、雑誌、小説、テレビ、映画なども含め米軍第4軍特殊心理戦部隊と連動している。


巨大掲示板の管理人たち。
巨大掲示板は従来のカルトに取って代わる重要な戦略機関。
具体的には序列1に位置する阿修羅掲示板、
その3人の管理人の中で序列トップの六城雅敦は高位の満州王族。
巨大掲示板としては阿修羅に次いで序列2に位置するホル韓は、
ありとあらゆる事象やニュースを韓国の誹謗中傷へとすり替える手口に長けている。
ここの3人の管理人も満州王族と朝鮮王族。
序列3に位置する学問道場の教祖に据えられた副島隆彦は朝鮮王族。


同じ穴のトモダチとしてゴーセンの作者を演じている小林よりのりは朝鮮王族。
そのメンターを演じている呉智英は満州王族。
一般朝鮮人を攻撃するために在特会を牽引する西部邁は満州王族、桜井誠は朝鮮王族。
下品で浅薄な口先男の竹田恒泰は朝鮮王族。
大和撫子のコスプレが似合わない桜井よしこは満州王族。
911の『陰謀』を暴くオピ二ヨン・リーダ―を演じたリチャード・コシミズは満州王族。
頭山満(満州王族)に倣って白龍会を発足したベンジャミン・フルフォードはスラヴ系王族。


以上ほんの一部ですが、この図式をそっくりそのまま写したものがISISです。
アラヴ人の過激組織ISISのリーダーはスラヴ系王族なのです。
東アジア敵対外交のシナリオと連動して第三次世界大戦に持って行く駒とするために、
アラブ人を使い捨ての人的資源として煽動しているのがスラヴ系の王族・・・という図式です。




この図式をそのまま拡大化したものがムスリムのテロ組織を装うISISです。
イシス=冥府としての月の『象徴化』=Her beauty in the moomloghtの『象徴化』。
(アンドレアス・テイール作詞『Hallelujah』の歌詞に登場するバフォメットのメタファー)
その指導者と目されるアブ・バクル・アル・バグダデイはスラヴ系王族。

つまりISISの中核にいるのは幼少時より特殊養育された『死の部隊』なのです。
第二次大戦後に軍事独裁政権が樹立する陰で死の風が吹き荒れたラテンアメリカでは、
「彼らは人を豚のように殺す」と言われていますがそんな形容では生ぬるい。
幼少時より家族から引き離され殺戮のみを仕込まれた彼らの残虐さは類を見ません。

東アジア敵対外交のシナリオと連動して第三次世界大戦のための駒とするために、
世界中からリクルートした若者をこの『死の部隊』の第一資料として投入する。
インターネットを戦略武器として用いて『錬金術』する。そういう図式になっていです。
そのための資金がアメリカから調達されているのは火をみるより明らかですが、
おそらく一部は日本からも調達されているでしょう。



参照 リクルート戦争の内幕
http://diamond.jp/articles/-/66077


「ISISのリーダーはモサドだCIAの手先だ」などと『告発』する工作員が目立ちます。
もちろん為にするプロパガンダです。この御仁はモサドやCIAを顎で使うご主人側の人です。
東方正教会(悪魔教の総本山)の総主教(ナズグルの『象徴化』)によくあるタイプです。
『革命家』チェ・ゲバラもこれと同じタイプです。彼って死んだフリが上手かったですね。
 

『101』を『象徴化』する満州王族コンビ

序列1 佐藤優 かなり高位の満州王族   序列2 池上彰 高位の満州王族
両人とも悲しみの目で金を見ている口先男。一冊も本を書いていない。


2人の満州王族が体現している『101』は、世界支配システムの構造と目的を現わしている。
両側の1と1は太陽と月の照応の『象徴化』。『錬金術的哲学』の『象徴化』でもある。
これは東西最高支配層の『象徴化』であったが1966年以降は形骸化している。
真中の0は第一資料として『錬金術』される地球の『象徴化』。
この宣伝スチールは『戦争』『ISテロ』が『錬金術』であることを端的に示している。


日本ファイナル・サラマンダー、『賢者の子』、大鷲の団子3兄弟として見るも可なり

CGユング『心理学と錬金術』人文書院
(『666』の哲学部門のゲルマンの天才による大著である)






芥川賞、直木賞を受賞した満州王族、朝鮮王族たちも同じ図式の同心円を描いています。
日本人を第一資料として扱うために名前を奪い使い捨ての人的資源として『錬金術』する。
名前を奪った日本人にそのありったけの心血を注がせて数知れない『自作品』を書かせる。
そうして自らは恥じ入ることなく平然と賞を貰いあるいは得意げに人前に露出する。


https://www.youtube.com/watch?v=UE89Jz0bkik

悲しみの目で金を見ている高位の満州王族。一冊も本を書いていない。受賞作も書いていない。やっていることは詐欺師に他ならない。一応これで口先女である。
 


以下全員が悲しみの目で金を見ている朝鮮王族たちである。
この中で自分で本を書いている者は皆無である。要するに詐欺師たちである。


知性も教養も感性も愛情も何もない。口先女である。



以下同文。中身は空疎だが口先だけは達者である。
 


村田沙耶香と同じく知能が低い。口先ではなく金を見ている目が特長である。
 


特筆すべきものは何もない。金を見ている目が特長である。



この中で序列は最も高い。口先も大して達者ではないし知性も教養も感性も愛情も何もない。
金を見る目が特長である。
 


原作はアンドレアス・テイール 表紙はフェニックスの『象徴化』




そもそも歴史にその名を刻む『文豪』たちの大半が『自作品』を書けない王族たちなのです。
森鴎外、夏目漱石(元祖口先男)、志賀直哉(小説を書けない小説の神様)。
文学賞に名前を冠された芥川龍之介、直木三十五、泉鏡花、小林秀雄、川端康成、三島由紀夫。
ジョージ・オーエル、フランツ・カフカ、スコット・フィッツジェラルド、トーマス・マン。
彼らも名前を奪ったユダヤ人に『自作品』を書かせている『鬼才』『巨匠』たちです。


銘記すべきことは文学史上に名作と謳われているその殆ど全てが、
『666』の学部門のゲルマンの天才によって創案されたものであるということです。
現在このブログで作品目録を作っているアンドレアス・テイールは、
名前を奪われたゲルマンの天才の王の一人です。
アンドレアスの次世代の王が『コンビニ人間』の原作者であることは論を俟ちません。
我々はこういう残酷な『錬金術』と悪どいペテンによって幻惑されきた。
しかしその限界が近づいていると思います。





8月4日追記


究極の家畜制度『666』は血統至上主義を鉄則としています。
殊にスラヴ系王族や満州王族や朝鮮王族は、たとえ何の取り柄もなく低能であっても、
血統がいい(坂の上の満州族が勝手に定めた基準ですが)というだけで、
東大に裏口入学できるし、一流企業にコネ就職できるし、不正選挙で政治家にもなれるし、
地位と栄誉と褒賞金が棚ボタ式に与えられ終生大事に保護される仕組みになっていて、
本人たちもこの無法な特権を自らの勲章にして恬として恥じるところがありません。


しかし王族といえども所詮は『666』の家畜、
下々の変態ポチと同じく最期は安楽死か屠殺を免れることはできません。
これら家畜のエリートの王族の満艦飾に加えて、
時宜に適した『スクープ』やガセネタを組み合わせ、
『錬金術的哲学』を霊感で描く天才のイラストで包装し、
麗々しく指し出された毒の一皿・・・・それが、
文藝春秋(坂の上の満州族の私物国家日本のポチおじさんのステイタス・シンボル)だったり、
文春(米軍第四軍特殊心理戦のフロント組織として機能している)だったりする訳です。


こんなことはすでに何回も説明してきたことですが、
あらためて持ち出してきて何を言いたいかというと、
今マスメデイアが騒いでいる相模原事件も、
それとほぼ併行して盛り上がっている第155回芥川賞受賞も
『666』の同じ穴のトモダチによるお仕事であるということ、
前者は文学部門の、後者はの軍事部門のお仕事であるということです。


『666』=統一というも可なり、イルミナチオというも可なり。
その6部門(政治、経済、文学、哲学、軍事、医療)は連動している。
各部門はお互いに中心を共有しながら同心円を描いている。


当ブログでは『666』の中心を求めるために、
主として文学部門と哲学部門(ここがあらゆるカルトの源泉)を検証してきた訳ですが、
『666』の団子三兄弟のユニットの長男役を演じているという点では、
村田紗綾香と植松聖には選ぶところは毫もありません。


しかし前者が特別待遇の王族であるのに比して、
後者は人的資源としての一般の朝鮮人に過ぎず、
大量殺人者として死刑されることは予め織り込み済みである、
という一点において両者には天地の差があります。


もとより植松容疑者には死刑になる覚悟はできていません。
「犯人役になっても心神喪失で一定期間拘束されるがいずれ自由の身になれる」
最初からそのように言い含められている。
ラリラリになって奇行をエスカレートさせているのはそのためです。
『変容』してヤク中となり精神年齢が退行しているだけではない。
何せ彼には命が懸っている。エクレアも食うでしょう。


ものすごく顰蹙を買っている植松容疑者のあの笑いは、
AFP(1616=フリーメーソンイルミナチオの『象徴化』)の『報道写真』と同質の笑い、
『まるで中世の虐殺戦のようなホムズ爆撃』と題されたヤラセに加担させられ、
思わず照れ笑いしてしまった男の子と同じ情況だったと思います。




AFPヤラセ写真の鑑賞のポイント

①女の子のムンクの叫びの如き迫真の演技と、
男の子が走り出しながら照れ笑いをしている様子が見事な好対照を為している。
(女の子の芝居がかった悲鳴を聞いて思わず緊張の糸が切れたのかもしれない)

②左向こうでは子どもを抱いたオジサンが懸命にダッシュしているのに、
その奥では緊迫感を欠いたギャラリーがボーっと立って傍観している。
(子どもはオジサンを嫌がっているので、どこかから借りてきた子どもと思われる)
http://www.afpbb.com/articles/-/2863021?pid=8584883





※イルミナチオ
イルミナチオが結成されたのは1616年。
国際フリーメーソンが結成されたのは1717年。
ということになっています。

『ユーラシアの双子』を『象徴化』するためには、
是非そうでなくてはならない。
乾隆帝の治世も同じです。
1711年~1799年ということになっていますが、
これも創作神話の類です。

「事実なんかどうでもいい。必要とあらば捻じ曲げればいい。
それが自分の幸せならば・・・・」
『666』ではこのようにレクチャーされているらしい。

イルミナチオ=『666』
それは統一というも可なり、オウムというも可なり、創価というも可なり。
入り口に掲げた看板は異なりますが、中に入れば同じ穴のカルトなのです。

イルミナチオ=東方正教会
それはキリスト教の化けの皮を被った悪魔教の総本山です。
9人の総主教はナズグルの『象徴化』に他なりません。

イルミナチオ=『錬金術的哲学』
それは後期大乗5割、易経3割、道教2割の混淆で出来ています。
仏教とは真逆のベクトル上に展開された後期大乗を土台としながら、
釈迦が説いた哲理を強迫的なまでに実践するという『二重思考』の所産です。

「名称と形態に依って感覚器官による接触が起こる」
「快と不快とは感覚器官による接触に基づいて起きる」
「快不快と称するものによって欲望が起きる」
「世の中で愛し好むものおよび世の中にはびこる貪りは欲望に基づいて起こる」
(中村元訳『ブッダのことば』岩波文庫)

名称と形態から離れることで自由になる、という釈迦の教えを逆手にとって、
人間の欲望を限りなく昂進させ、然るのちに第一資料として『錬金術』する。
(この『錬金術』は『人間主義』『人間革命』などとも別称されている)
これがイルミナチオの魔術の正体です。





(植松容疑者の笑いの続き)
すでに相模原殺傷事件には『ヘイト殺人』という名称が与えられ伝播しつつあるようです。
大量殺人犯の当事者として笑うのであれば、それはどんな笑いでも異常というべきでしょう。
しかし植松容疑者は殺人を犯した当事者としてではなく、
メデイアの注視に対して子どものように隠れて照れ笑いをしている。
(『変容』してヤク中の変態になっただけでなく6歳くらいに退行していると思います)
そういう意味でAFPのヤラセ写真の男の子と比較参照した訳ですが、
もちとん植松容疑者はイノセントではありません。彼は殺人が行われることは知っていた。
しかしそれはごく少ない数だと思わされていたでしょう。
信仰心と引き換えに犯人役を演じるが心神喪失の事由により死刑を免れる。
不謹慎な云い方ですが、そういうシナリオを信じることができるくらいの数です。
それは手紙(一字一句お手本通りに書いている)で予告した数とはぜんぜん違う。
せいぜい二人か三人の犠牲者数だったでしょう。


出頭したときに植松容疑者は「やつをやった」と言っています。
これは単数を意味しています。



「意思の疎通のできない人を殺した」とも言っています。

これも単数です。


すみません。これは私の勘違いです。
「意思の疎通のできない人たちを、ナイフで刺したことは間違いありません」
の間違いです。


つまり殺す予定はある特定の一人で、
ナイフで切りつけて傷つける予定人数は、
1人乃至2人くらいだったという推測が立ちます。
これが植松容疑者が信じていたシナリオの筈です。


彼は出頭した時点に於いても戦後最悪規模となった犠牲者数を知らなかったと思います。
逮捕時の彼は騒がれて照れ笑いをした後、ラリった表情で演技を続けていますが、
事件の概容を正確に知らされた今の彼は錯乱状態にあると思います。
元々はまともだったのだから、いずれ自殺念慮も出て来るでしょう。
しかし絶対に自殺してはだめです。生きて本当のことを言わなければいけない。
本当のことを言わないまま自殺すれば連中を喜ばせるだけです。
そうしてこれからも同じような悲劇が繰り返されるでしょう。
この事件が起こる前にも同じような悲劇が繰り返されてきたように。
なぜならナチスの犯行を指示した者と相模原件のシナリオを考案した者は、
同一の思想をもつ同一の組織の人間(もどき)だからです。


これは飽くまで私の推測ですが、
相模原事件はいわば完全犯罪を狙い過ぎた完全犯罪、
これでもかと犯人像を見せつける劇場型の犯罪、
「過ぎたるは及ばざるがごとし」を絵に描いたような完全犯罪に思えます。


この事件の最も特異な点は数に拘泥していることです。
26歳の容疑者、19人の死者(最初の被害者も19歳)、26人の重軽傷者。
26はZすなわち坂の上の満州族の『象徴化』。
19はSすなわちメルジーネ、『変容』の儀式の『象徴化』。


正味40分に満たない時間でこれだけの数の人間を速やかに殺傷するためには、
予め分刻みのタイムテーブルを組む必要があります。
そのためには当日の人員配置や内部事情に詳しい人間の協力が不可欠です。
但しその人物は完全を期すために当日の当直を外れていた可能性が高い。


話は元に戻ります。
推測としてではなく確かなこととして言えるのは、
相模原事件の容疑者と芥川受の受賞者は同じ穴の『666』だということです。
その内容には雲泥の落差があるように見えながら、その実、両者は同心円を描いているのです。



週刊文春8月4日号 グラビア
順序としては植松容疑者をスカウト(たぶん大学生の時)した後に山ゆり園が選ばれている。
植松容疑者の整形や刺青は事件をエキセントリックにするために指示されたものと思われる。
植松容疑者は悪魔ではない。一人も殺傷していない。殺すどころか一人も刺していない。
相模原事件は軍事部門のプロ中のプロ、おそらく『死の部隊』による犯行である。



週刊文春8月11日・18日合併号 
本を書けない似非作家たちが本を書けない新人作家を激賞している。
すべてが根も葉もない絵空事であり、真実の欠片もないヤラセである。
「ずっとバイトしていたわけではなく小説に専念していた時期もあるし、
コンビニではないほかのバイトもしていた」という本人の自己申告と、
それに相反する支離滅裂なコンビニ愛を騙る受賞コメントを慮るに、
この人物がコンビニでバイトしたのは正味七日間を越えないことを断言しておきたい。



第155回芥川賞・直木賞発表 芥川賞の村田 沙耶香さんが会見
https://www.youtube.com/watch?v=HkU1DIoCB94


私はまだ本作品に目を通していませんので、
この動画を見る限りにおいて分かることのみ記します。


まずこの芥川賞受賞がデキレースであることは、
動画の4分過ぎあたりで露呈しています。


言葉を扱うプロとは思えないような受賞者の稚拙な言い回しによる応答が続いた後、
シャープな語り口の記者が登場し二、三の質問をした後にやおら選考委員の評価を取り上げ、
今回の受賞作の主題ともいうべき重要なテーマに鋭く切り込んでいますが、
しかし肝心の村田沙耶香にはその内容を理解することができません。
おそらく準備されていた質疑応答にはない想定外の質問だったのでしょう。


記者
「最後にもうひとつ、先程選考委員の方から、川上弘美選考委員がですね、
コンビニでしか働けないという、ある意味特殊な人間を、綿密に過不足なく描くことで、
却って社会のフツーというもののオカシサを、ユーモアを以て描き出している点が、
大変おもしろかった、という評価がありましたが、そのような評価をお伺いして、
どのような感想をお持ちでしょうか?」



村田 沙耶香
「すごいうれしいです。なんか、人間、私は人間が好きという、なんか作風とはアレですが、
人間が好きという気持ちで小説を書いているので、人間のおもしろさとか、
そういう部分を表現できたとしたら、うれしいです、ハイ」


バカとしか言いようがありません。
川上弘美選考委員の評価を引用して質問する記者のデッサンの効いた喋り口と、
村田沙耶香のトンチンカンな応答には凄まじいまでのギャップがあります。


13:00~
やはり端的で要を得た質問者の再度の問いかけに対して、
先ほどと同じく村田沙耶香にはその質問の内容を理解することができません。
この再確認は大きい意義を持っています。


記者
「あらためて二つのことをお伺いしたいんですが、先ほどコンビニ愛を書けたということですが、まあコンビニを一言で言えないと思うんですが、コンビニ愛、どんなところにコンビニ愛を感じるのか、まあ一つ二つ挙げていただくのと、えーやっぱり書いているうちに、色んな自分がデータ保存している違和感みたいなものが湧き上ってきたっていうのと、前おっしゃっていた記憶があるんですが、その時に、書いているうちに作家の意地悪な目で見て来た時に、冷凍保存されていて出て来た違和感というのは、例えばどんなものだったのか、あったら具体的に教えていただければありがたいと思います」


村田沙耶香
「そうですね・・・コンビニ・・ごめんなさい、一つ目の質問忘れてしまいました(笑い)。
コンビニ愛・・コンビニ愛について、えー・・・そうです、そうです、コンビニっていう場所は、自分が、小さい頃から不器用だった自分が、初めて何かをまともにできた場所だと思っているので、んー、ある意味ではすごく美化した場所でずっと働いていたことになるので、小説家としてはあまり良くなかったかもしれないです。ちゃんと小説家として眼差しをもって働いていなくてはいけなかったのかもしれないな、とこの作品を書いて思いました。小説家の意地悪な目を通して、見た時・・んーていうと、そうだな、なんか・・でも、んー意地悪というかよりは、人間のちょっと変なところ・・コンビニで働いているけれど、仕事をたとえばバカにするすごく新人の白羽さんとは違いますが、んー、アル、そうですね、バカにしたことを言っている人の表情とか、それは意地悪な目で見るというよりかは、おもしろいな、人間らしいな、と言う目でたぶんずっと見ていたんだと思います。そういうことがたぶん、頭の中に冷凍保存されて蓄積されていたのかな、て思います。」


記者
「たとえば先ほど川上さんの中で、社会のフツーに対する、フツーっていうものを求める社会に対する眼差しへの違和感っていうことの中で、今回主人公が三十代の独身の恋愛経験無しっていうものに対する、社会の視線に対する違和感っていうものを感じられるところがあると思うんですが、このへんは如何ですか?」


村田沙耶香
「そうですね、私自身は、そこまで感じることはない、ただ小説家という職業が特殊だからかもしれないですが、同世代の友だちや編集さんと話しているときに、よくそういう話になったことはあります。私は人と話すのが好きなので、そういう人からそういう苦しみとか聞いていると、たぶんそれがタメみたいになって自分の中に、んー、テーマとして残っているのかも知れないです、ハイ」


恐ろしいほどに話が噛み合っていません。
念のため申し添えておきますが、日本語として成立しない村田沙耶香のコメントは、
引用者の誤字脱字によるものではなく、本人の支離滅裂な発言を忠実に写し取ったものです。
その場その場で想定されたQ&Aの通りにやり取りすることは出来ても、
過去の想定を持ち出されると何のことやらサッパリ分からないらしい。
しかも十五分に満たない受賞インタヴューの中でさえ整合性のないことを口にしています。
これほど低能な『受賞者』は珍しいのではないでしょうか。
他にも色々な動画に出ているようですが、なぜ人前に出たがるのか理解に苦しみます。


萩尾望都、小川洋子、角田光代、桜木柴乃など『自作品』を理解できない諸先輩同様、
村田沙耶香も芥川賞受賞作の内容を理解する能力に欠けているのです。
他人に『自作品』を書かせているので暇を持て余し、何かというと人前に出て来る諸先輩同様、
村田沙耶香も口先には自信を持っているようですが、表に出て喋らない方が身の為でしょう。


まとめ
①村田沙耶香は普通より知能が低い。
②村田沙耶香は受賞作の作者ではあり得ない。
③村田沙耶香は満州王族か朝鮮王族の血統である。



訂正
沙耶香の字が間違っていた箇所が5箇所あります。
修正しておきました。申し訳ありません。




『666』の高級家畜のみなさん。
まともな神経を持つ人間だったら、ここで指摘されたことに対して恥じ入るのがフツーです。
しかしあなた方の大半は頭が悪いのに、人前に出て恥ずかしいという感覚さえありません。
こんな図星をさされて、さぞかし怒り心頭に発していることでしょう。
それは取りも直さず、あなた方が心底腐っている証しなのです。
あなた方に比べれば、照れ笑いをした植松容疑者の方がまだしもまともな感覚が残っています。
私は顰蹙を買うのを覚悟の上でこれを言っておきたいと思います。
なお似非作家にして似非選考委員である川上弘美のコメントも、
第三者が考案したものであることは言うまでもありません。
川上弘美は悲しみの目で金を見ている朝鮮王族で、やはり普通より知能が低いからです。



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