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『西安事件』


『毛沢東の私生活』の本読みはどうでしょうか。進んでますか。
非情に重要な情報が書かれている。それをいくら強調してもし過ぎることはない。
そういう本です。この本を本読みすることによって、
みなさんは初めて毛沢東の置かれた状況が見えて来ると思います。
この本の特長の一つはあからさまな毛沢東のプロパガンダでありながら、
文脈ではその真の姿を伝えようと必死に試みていることにあります。
もう一つは周恩来に対する呪詛が述べられた恐らく唯一の本であるということです。


では今回は前々回の記事の補足をしておきます。


1990年世界再編のシナリオが始動した年に製作された国民洗脳番組
https://www.youtube.com/watch?v=iciQqKDLDEU


『日記』と称する捏造資料、偽証者、ポチ学者を使った典型的なプロパガンダです。
日本軍の暴虐に対する『雪恥』を『日記』に綴ったことになっているこの人物は、
「日本軍には使わない、共産党にしか使わない」
という約束でドイツから武器を購入しているのですが、
大日本帝国の台湾総督府の麻薬専売制を見習って、
中国人民の膏血を搾り取ったアガリを宛てている。
より正確に言えばそういう役を演じるためにスカウトされた人物です。
そういう事情は中国共産党も関東軍でも見ることができます。
『革命』や『内戦』や『事変』の過程で真に国を憂い同胞を思う人間を『姦徒誅鋤』しながら
『満州事変』⇒『西安事件』⇒『国共合作』⇒『盧溝橋事件』⇒『日中全面戦争』
というシナリオの流れに添ってヤラセが演じられていく訳です。


『満州事変』は国民政府のトップと大日本帝国のトップがトモダチであることの証左であり、
『西安事件』は国民政府のトップと中共のトップがトモダチであることの証左であり、
『盧溝橋事件』は中共のトップと大日本帝国のトップがトモダチであることの証左であり、
国民政府・中共・日帝のトモダチによって『日中全面戦争』が演じられたことの証左であり、
我々が『歴史』だと信じ込まされていたものが真っ赤な嘘と欺瞞で出来ていることの証左です。


イルミナチオではこれを『闇の中の光』あるいは意味深長な『自然の光』と称しています。
嘘と欺瞞で塗り固められた闇の中でも光る光。これこそが本当の『光』なのです。
それは『魔術』の力を持つ『自然の光』です。イルミナチオの教義に於いては、
『人類の進歩と幸福』のためには敢えて罪を犯すことが勧められています。
東西ポチ10か国で構成される『666』の6部門全部でこの類の犯罪が奨励されています。
戦争という名の『錬金術』を促進する国連はその『象徴化』の一つに過ぎません。
国連高等難民弁務官の広告塔を務めるA・ジョリーの最初の『養子縁組』が、
人身売買の犯罪組織の手を借りて行われているのも同じ教義に基づいています。


では今回はさらに『西安事件』に焦点を絞ってみましょう。


まずは典型的なプロパガンダから
https://www.youtube.com/watch?v=-iAYtC7206k



定義 『西安事件』
中国国民政府&中国共産党&大日本帝国の同じ穴のトモダチによるヤラセである。
この『事件』を契機に『国共合作』が成立し『内戦』は一時棚上げとなり、
『統一抗日戦線』が形成されるや『盧溝橋事件』が起こり『日中全面戦争』が勃発する。
そういうシナリオに添って演じられた狂言の一種である。


出演者
主役 宋美齢

夫が監禁されたことを聞かされると失神した(ことになっている)が
夫を救えるのは自分しかいないと気を奮い立たせ、
顧問のW・H・ドナルドとともに西安に到着した時のショット(笑っている)

この時点における序列№1の超大物である。
(但し中国の最高支配層という意味ではない)
後に中共の『正統性』を象徴する宋慶齢に取って代わられるが、
これも当初より既定のシナリオである。




宋家三姉妹の実体をよく捉えているショット。
『一人は金を愛し、一人は権力を愛し、一人は国を愛した』
というキャッチコピーがいかにデタラメなものであるかが分かる。
一番マシなのは真中の長女で次女も三女も権力を愛する野心家である。
 
『エドガー・スノーの革命アルバム』





定理
世界支配層は人間に序列と階級をつけることによって精神の荒廃を促進する。
『階級闘争』も『学歴社会』も『格差の固定』もこの定理を応用したものである。

『西安事件』の時点では宋美齢の方が宋慶齢よりも序列が上である。





「西安事件を建築にたとえるなら、ドナルドが基礎を固め、
子文が柱を立て壁を築いたところだ。屋根を葺いて家を完成させることこそ、
誰にも肩代わりさせることのできない私の任務なのだ」

美齢と周恩来の会談は二三日、二時間にわたって行われた。

翌日も続けられた交渉の席で、美齢は内戦の停止にはっきりと賛意を示した。

「われわれはみな黄帝の末裔なのだから断じて殺し合ってはならない。
内政問題はすべて政治的な解決を求めるべきで、武力をふるうべきではない」

蔣介石が釈放されたのはその翌日二五日のことであった。

周恩来は美齢の保証によってはじめて蔣介石の釈放に同意した。

「蒋介石が確実に共産党討伐を停止し、張学良の手を経て紅軍に物資を支給することを、
宋兄妹が保証する」

(伊藤純/伊藤真『宋姉妹』角川)








大日本帝国の『侵略』に協力を惜しまなかった国民政府代表によるスピーチ
https://www.youtube.com/watch?v=W_IfRk-qqCo
https://www.youtube.com/watch?v=PJJvbK6iWr0


            宋美齢の序列はFDRよりも上

            



1943年11月『カイロ会談』のショット  

     お飾り       序列列№2       番外        序列№1




その宋美齢の上にいるのが宋子文
https://www.youtube.com/watch?v=6vyUPkLnzXw




『中国世界覇権国』の前段階として『アメリカ世界覇権国』がある。
それは1868年より既定のシナリオである。
だからこの写真の中で序列№1は宋子文その人である。
(但し中国の最高支配層という意味ではない)
 




序列№1               序列№2





               序列№1





この時点では序列は№1宋子文、№2宋慶齢、№3宋美齢
(後に宋慶齢が宋子文を超えて序列№1となる)

  宋美齢   宋子文          宋慶齢




もう一人の主役 周恩来
軍事・秘密警察・特務を一手に掌握した大物である。
周恩来は漢民族なので序列は宋家の兄妹よりも低い。
彼は自分の階級の裏切り者ではなく自分の国の裏切り者である。
『西安事件』は周恩来による事前の根回しによって起こされている。
もちろん宋美齢とも打ち合わせの上で行ったことである。




周恩来との打ち合わせのために延安に来て飯を食べている張学良。
彼は箸が使えない。語学も含め完全な西洋式マナーで養育された御曹司である。

 
『エドガー・スノーの革命アルバム』



(本文より以下抜粋)


張学良自身、延安に飛び、「アカ」の誠意を信ずるようになった。張学良と共産党の停戦の話は、新聞には一言も洩れなかった。西安にいる蔣介石のスパイたちは何かが起こりつつあることに気づいたが、その実体については詳しいことはほとんどつかめなかった。



注 
なぜなら蔣介石のスパイたちは載笠の指令に従い、
載笠は周恩来の指令に従ってそれぞれ動いていたからである。



数日後、張学良は保安に自分の専用機を派遣し、西安に三人の「アカ」代表、周恩来軍事委副委員長、葉剣英東部方面軍参謀長、博古北西ソビエト区政府主席をつれてきた。


到着後まもなく、周恩来は蔣に会いにいった。その首に八万元の賞金をかけたことのある、かつての部下の周恩来が部屋に入ってきて親しく挨拶したとき、蒋介石は真っ青になったという。




周恩来は国民政府の動きは手に取るように分かっている。

おまけに何があっても大丈夫なように宋一族が味方につけられている。
宋一族が保護しているその周恩来の首に宋一族の使用人たる蒋介石が賞金をかけたというが、
しかし蒋介石は再度部屋を訪れた周恩来に向かって次のように本音を漏らしている。




「戦っているときもずっと、きみのことを考えていたよ。きみはあの革命戦争中も、私のためによく尽くしてくれたね。またいっしょに働けるといいがね」


(以上抜粋)





周恩来とて同じ気持ちである。
ずっといっしょに働いているじゃないか。
こうしている今もいっしょにお仕事してるじゃないか。
You dont' have to  worry,worry
楊虎城から守ってあげたい。
そのためにオレはこうしてやってきたんじゃないか。 


『変容』した悲しみの目で権力と金を見ている





張学良が差し向けたヘリに乗ったのはその周恩来と葉剣英と博古であった。






毛沢東に対する周恩来のデカい態度―これが序列№1の男の本来の姿である。
自分よりも序列に低い者に対して取る本来の態度である。


『エドガー・スノーの革命アルバム』




毛沢東の序列は共産党幹部の最下位である。





 
『エドガー・スノーの革命アルバム』




激動の1946年、毛沢東は延安の辺鄙な山奥でピンポンをしている

 上下とも『エドガー・スノーの革命アルバム』サイマル出版






激動の1946年、周恩来は重慶で『活動』している。
その合間に梅園新村の自宅でコジャレた姿で寛ぐ
 


17番ゲートからお出かけする周恩来の颯爽たる雄姿 
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A2%85%E5%9C%92%E6%96%B0%E6%9D%91%E7%B4%80%E5%BF%B5%E9%A4%A8


重慶の八路軍事務所で、アメリカ軍将校らと乾杯する中国共産党代表たち

 
『エドガー・スノーの革命アルバム』





レッド・クラッグ・ビレッジで、記者団と懇談する周恩来。

レッド・クラッグは重慶駐在共産党代表団の本部で、
八路軍および秘密に活動していた党中央委員会の華南局の事務所も置かれていた。

『エドガー・スノーの革命アルバム』







序列最下位の毛沢東を『個人崇拝』し、衆目の中で詫びを請い、『被害者』を演じ続けた。
つまり毛沢東を心から尊敬する人間だったら絶対しないようなことをずっとやっていた。
そうすることで『大儒者』『長兄』と敬愛され続けたのが序列№1の周恩来である。
満州族の葉剣英、鄧小平、郭沫若の方が漢民族の周恩来よりもはるかに序列が高い。






周恩来は必要とあらば普段ほったらかしの妻を衆人環視の中で抱きしめて、
周囲の度胆を抜いて見せるようなあざといスタンドプレーもやる。
天性の役者であり類をみない偽善者である。
周恩来の不善と偽善は坂の上の満州族の巨悪には到底及ばない。
そして未だに中国人民は周恩来の術中の中にある。
その中で毛沢東の『功罪』を論い、江青を抹殺したことを正当化し、
軍事クーデターによって『改革開放』が行われたことに疑問を挟まない。
そういう効用を手離さないためにも、
毛沢東批判は『大儒者』周恩来を引き合いに出して行うのが定番となっているのである。

 

  



バイプレーヤー蔣介石
宋美齢の添物としてチンバンから選出された。
人品骨柄はチンピラに毛が生えた程度か。
見てくれが取り柄である。
しかしこの時点ですでに蔣介石の方が孫文よりも序列が上である







張学良
お坊ちゃん育ちのインテリである。頭は良いが性格が弱すぎる。
ローテイーンの頃から寄ってたかって女におもちゃにされているせいか、
重圧がかかると女に逃避する傾向が生涯に渡って見られる。
物事に正面から対峙できないまま便利に使われて終わっている。
日本軍と手を切って独立することを勧めた配下の将軍を見棄てて、
日本軍と手を握っている父親の側につくが、
日本軍に父親が暗殺された後は国民政府の保護下に入る。
1928年から生涯の『秘書』となった趙一荻は周恩来が送り込んだ特務である。
1933年張学良一家のヨーロッパ旅行にも同行し第一夫人と良好な関係を築いている。
1936年張学良が『西安事件』を起こすに当たって自ら楊虎城夫人と連絡を取る。
張学良が監禁される段になって自殺念慮を起こすとすかさず超一萩が送り込まれる。
(彼女を連れてきた載笠も恐らく周恩来のコネクションの一人である。
林彪と同じく『航空機事故』で亡くなっている)
『西安事件』のヒーローが幽閉されたくらいで自殺してもらっては困るのである。
長生きをして『歴史』の『証人』として『お仕事』をするのが張学良の使命なのだから。
張学良が台湾政府の虜囚として後半生を送った時に付添ったのもこの趙一荻である。
彼女は台湾政府の中枢に送り込まれた周恩来の特務ともいえるのであるが、
すべて宋美齢の黙認のもとに行われていたことが肝要な点である。
そういう張学良が実は宋美齢と『恋仲』だったというトンデモを最晩年に吹聴する。
(それが『お仕事』なのである)


張学良=アラゴルン
坂の上の満州族の王族として特別養育された貴種の中の貴種である。

最高位の二人のシャーマンを従える王の中の王であり
ドラゴンンボールを掌中にした千年王国の王である。
それが本来の姿であるはずだったがローテイーンの頃から統合失調になり、
西安事件を最後に表舞台から去った後は坂の上の満州族の保護観察に余生を送る。
虚空の世界の住人である。





 
66年目の『告白』を目玉として人の女性に彩られた張学良の生涯を
女性たちにスポットを当てながら宋一族および周恩来との『絆』を描いている。




上記の『ドキュメンタリー』番組
1990年製作「張学良がいま語る『日中戦争』への道」にも、
張学良が何のために生かされてきたのかが端的に示されています。


張学良の『証言』
54:16~

蔣介石の『日記』の記述
56:12~

周恩来との『根回し』
57:41~

張学良の『証言』
58:51~


『西安事件』の5年前に起きた『満州事変』では、
関東軍による侵攻の情報を事前に入手していた蔣介石は、
張学良に対して「絶対に抵抗するな」という密命を出しています。
最新兵器を装備した20万の兵からなる張学良軍は、
関東軍わずか一万の兵の攻撃に対しただの一発も撃ち返すことなく退却。
『不抵抗将軍』という不名誉な称号が捧げられます。
「まさか関東軍があそこまで仕掛けてくるとは思わなかった」
などと張学良はトボケていますが、
これは『311』で使われた『想定外』と同じ文脈で捉えるべきでしょう。
両者とも予め用意されていた言い訳なのです。
デーヴィッド・バーガミニ『天皇の陰謀』では、
「気が付かないほうがどうかしている」というニュアンスを込めながら、
関東軍の営庭に24糎榴弾砲を設置する工事のその傍若無人ぶり、
まったく人目をはばからない恥知らずな様子が描かれています。



特別出演
ウイリアム・H・ドナルド
世界支配層から派遣されたスーパーバイザーとして
『辛亥革命』『上海事変』『国共内戦』『国共合作』『抗日戦線』に協力。
張学良の『懐刀』にして宋美齢の『顧問』である。


   序列№2         序列№1
 



 このドナルドが中国にやってきたのは二十世紀はじめ、中国がまだ清朝の専制支配のもとにあった時代のことだった。一九一一年、辛亥革命勃発の際に、ドナルドは革命軍の南京奪還を「ニューヨーク・ヘラルド」の特派員として報道しているが、じつはことのき、ドナルドは、南京の城門を撃破した大砲の撃ち方を、革命軍に教えたという。

 革命運動に共鳴し、孫文と深い友情で結ばれたドナルドは、ごく自然に宋耀如とも親しくつき合うようになった。彼の屋敷に行くと、瞳の美しい三人の少女たちと会うことができた。美齢はまだ一〇歳にもなっていなかったが、それ以来ドナルドはこの利発で愛らしい女性の成長を見守りつづけてきたのだった。

(中略)

ドナルドの情熱は、美齢を世界に通用するファーストレデイに育て上げることに注がれた。ドナルドによれば美齢は「美と勇気と知性を兼ね備えたヒロインの原石」だった。
(伊藤純/伊藤真前掲書)



http://fathomtaiwan.com/2013/09/21/history-youtube/



『監禁』されている夫の『救出』に向かった宋美齢に付添っているW・H・ドナルドは、
オーストラリア出身のトモダチとして宋美齢のアドバイサーを務めている。
世界中の新聞社、政治家、ライフ社(宋美齢のファンとして知られる出版社)などに、
中国で得た『メッセージ』を配信するCKSのメンバーである。



友情出演 松本重治 生涯を特務に捧げた満州王族の『貴種』

松本重治『<聞書>わが心の自叙伝』聞き手・加固寛子 講談社



松方一族の血統を受け継いだ純血種で絵に描いたような経歴の持ち主です。
縁戚関係にある白洲次郎とは「ジロちゃん、シゲちゃん」と親しく呼び合う仲。
奇異な生い立ちを持つジロちゃんもまた『貴種』の中の『貴種』なのです。
ジロちゃんとシゲちゃんの熱い友情は中国でも遺憾なく発揮されていますが、
ジロちゃんには昭和通商(アヘンを活動資金に武器密輸や特務を行っていた)や、
三井財閥(当時ペルシアからアヘンを輸入していた)とコネがあり、
裏の世界に何かと顔が効くのでシゲちゃんの便宜も図ってあげることが出来たのでしょう。
シゲちゃんが急遽帰国する用事ができると軍用機の座席を取ってあげたり、
戦後の一時期シゲちゃんが手元不如意になると新聞紙にゲンナマを包んで渡したり。
そうしたジロちゃんの支援もあってシゲちゃんは『昭和史』の偽証者になりおおせるのです。
ロイター上海支局長チャンセラー、チンバンの杜月笙と誼を通じる里見甫、
ジャーデイン・マセソン商会のケズウイック兄弟、ロックフェラー三世等々、
大物のトモダチとのコネクションを誇るシゲちゃんは周恩来同様に序列に敏感です。
序列が下の者に対しては露骨にデカイ態度を取ります。




序列№1                    序列№2
 松本重治前掲書


もちろん自分より序列が上の者には迎合しますから、
ジロちゃんを差しおいて吉田茂にも気に入られるようになっています。
吉田茂、ジロちゃん、シゲちゃんはいずれも日本人ではありません。
ヨハンセングループの中核として利敵行為に勤しんでいたこの3人は
日本に『侵略戦争』を始めさせ『原爆投下』まで続けさせる―
そういうシナリオを最初から知悉して動いていた『英米派』、
いわゆる『オールド・リベラリスト』のみなさんです。


吉田茂の団子三兄弟の次男は恐らくロード・オブ・『貴種』の中国最高支配層である。
戦後は白洲次郎とともに表舞台に登場して『私的外務省』と呼ばれるほどの利敵行為に勤しむ。




『オールド・リベラリスト』を自認するシゲちゃんの『回想録』も
『破局へ突き進む日中関係』というシナリオに添って書かれている。
 


『西安事件』が起きた当時シゲちゃんは国策通信会社の上海支局に勤務しています。
『西安事件』を『スクープ』して一躍世界に勇名を馳せた経緯を回顧する筆は実に饒舌です。
ウンザリするような仔細をあれこれ書き綴っている原文を大幅にダイジェストして抜粋します。
(ダイジェストは緑、抜粋は黒)


西安事件をスクープ


蒋介石による全国統一の最終段階


この回想録も、やっと西安事件にたどり着いた。史実としての西安事件は、直接関係者、当事者の手記、懺悔録や、第三者たる記者、著述家によるいろいろの刊行物によって、三十数年後の今日においては、その真相はほぼ解明されている。そこで、私は、史実そのものをふたたびここに語るよりは、むしろ西安事件についての上海での取材の面を回想させていただきたい。


一九三六年(昭和十一年)十二月となると、蒋介石による中国統一がいよいよ最終段階に入ったように、上海では感ぜられた。


しかし、私は、
「あるいは、その計画どおりはうまくいかないのではあるまいか」
という、何とはなしに一種の杞憂を禁じ得なかった。



そこでシゲちゃんは「あらゆる情報を集め、いろいろと考え抜いたあと、七日」に、国民政府の中央軍と共産軍の妥協による抗日戦線の実現を予測する電報を東京に送った。




打電し終わると間もなく、孔祥煕の腹心の施設秘書である喬輔三から歓談のお誘いの電話が入り、会って話すのであるが、しかし、あまり手応えを感じなかったシゲちゃんは、翌九日、大公報社に電話をかけて、西安に旅行してきたという主筆の張さんに歓談のお誘いをかける。十二日、小料理屋で張さんと会談している最中に、シゲちゃんは何度も同盟南京支局から呼び出しを受ける。



蔣介石に何か起こったようだがまだ確報ではない・・・という電話の内容をシゲちゃんから聞いた張さんは、「松本さん、とくに思い当たることがあるわけではないが、あるいは、
とんでもないことが起ったのかも知れないね。」
といってそそくさと席を立って帰って行った。



同盟上海支局に戻ったシゲちゃんは蒋方震に電話をするが、西安に行っていて留守だとボーイに言われる。で、今度は喬輔三の自宅に電話をかけるが、こっちも夕刻から孔祥煕の公館に行っていると夫人に言われる。それでシゲちゃんは公館に電話を入れて喬君を掴まえ、蒋介石の身の上に何か異変があったのではないかと訊ねる。



「おおありだよ。重大事件だよ、南京からの孔部長宛ての電話によると、今日払暁、張学良指揮の下に、学良の部隊と楊虎城の部隊とが兵乱を起こし、西安郊外の華清池温泉で、蒋院長を監禁してしまったのだ。張学良から、孔先生宛ての通電が今さっき到着したので、目下解読中なのだ」


「叛乱の目的、性格はどういうのでしょうか?」


「通電の内容が判れば、兵乱が何の目的で起こされ、どういう性格のものであるかが判るだろう。三十分ほどしたら、また連絡してくれ給え。今はとても忙しいから、失礼する」


シゲちゃんの予断はビンゴ!だったのである。



そこへ下條君が社に馳せつけてきて第一報を東京に打電する。十時少し前であった。



「下條君、だいたい、張学良部隊による叛乱が起ったらしい。蒋介石は、華清池温泉で逮捕監禁されたらしい。張学良の通電があるという。下條君、とにかく第一報を撃つんだ。続報は詳しく送ることにして、まず臭いだけを簡単にね


「中国側の情報によれば、蒋介石氏は、十一日、西安郊外の温泉に向かったまま、その後の消息不明となり、南京では同氏の安否を気遣っている」


「下條君、これで結構。本社の東亜部を、突然あまりびっくりさせると、眉唾ものにされるから、じわじわ行こうや、ネタはこっちにたんまりあるんだからね。第二報では張学良の兵変と蒋介石の監禁とを打つんだ。第三報は逮捕監禁の時刻と場所をね」


そうこうするうちに下條君は夜九時頃から海外への送電禁止命令が出されていたことを確認する。



「これでは、外国特派員が万一知っていたとしても、電報が打てないはずだよ」


「そうなると、これは世界的スクープになりそうだな」


(なぜ十時ちょっと前に下條君が打電できたのかは謎である)



・・・宋子文、孔祥煕、宋美齢らは、何よりも蒋介石個人の救出を考え、そのための措置行動に対しても、中政会(中央政治会議)において黙認するということになった模様であった。


その証拠としては、いろいろの人間が動いた。


まず、ドナルドが十四日早朝、南京から西安に飛んだ。ドナルドは、以前は長く張学良の顧問であったが、当時は蒋介石の顧問であった。


・・・それから、宋子文が宋美齢の代わりに西安に飛んだ。これらの人々の西安行きは、もちろん蒋介石の生存を確認してからのことであり、その救出に懸命になっているものと、私には判断された。


十九日になると、一度南京に帰った宋子文は、宋美齢とともに南京を発ち、西安に向けて飛んだ。南京中央は、二十日西安近郊の張学良軍に総攻撃をかけると決定したが、西安の宋子文からは、さらに二日間の猶予を懇請してきた、との中央通訊社のニューズがあった。


同じ十九日、東京では、有田外相が許世友対しの来訪を求め、
「今日まで、日本政府は好意的静観を持してきた。しかし、万一蒋介石が容共政策に転向するようなことになれば、帝国政府としては黙視し得ない」と通告した(「朝日」二十日附朝刊記事)。


二十二日となると、南京の国民政府は、宋子文の懇請により、総攻撃開始の猶予を、ふたたび二十二日より二十五日まで、三日間延期した。


十二月二十五日午後三時二十分、蒋介石は、宋美齢夫人、ドナルドらとともに、自家用飛行機で西安を出発、四時半に洛陽に到着した。間もなく、また宋子文は、張学良を伴い、別便の飛行機で洛陽に出て、同じ別便で翌日南京へ飛ぶという。


翌二十六日、蒋夫妻とドナルドらは、午前十時洛陽を出発、十二時二十分、南京光華門軍用飛行場へ安着した。早朝より、各界の人士は、出迎えの同飛行場につめかけた。正午ごろには、歓迎の群衆は約四十万に上った。


飛行機が南京上空に現われると、南京全市民は歓喜して迎え、同機が着陸せんとすると、歓迎の大群衆が「蒋委員長万歳」「中国国民党万歳」「中華民国万歳」をくりかえし絶叫し、飛行場内外にこだました・・・中国民衆が、ほとんどこぞって、一人の蒋介石の生還を歓んだことなどは、おそらく空前のことであったと感ぜられた。


しかし、周恩来の西安入りの事実をシゲちゃんは当時ぜんぜん知らなかったという。


周恩来が西安にどうして招かれたのか、また正確に何日に西安に来たからは、どの文献資料にもない。


「懺悔録」によれば、「周恩来を招んだのは、主として私(張学良)の軍と楊虎城軍の無能に気づいたこと、それに、南京の出方のためであった。私は周がともに対策を練ってくれることを期待したのである」という。


連絡委員会を組織する構想は誰が考え出したものか判らないが、おそらく張学良が、一方において、蒋介石に内戦停止を納得せしめるための既成事実を作ったものであるとともに、他方、むしろ東北軍・西北軍に対して事態収拾策を実行するために、ばらばらにならぬように、この組織を作ったものと私は推測する。


そしてこの組織は、楊虎城が最後の段階において、蒋介石の無事南京機関に異議を唱えたとき、周恩来が楊を説得しやすくするための正式の委員会ともなったのである。



張学良と違って、楊虎城は狂言ではなく本気で決起している。だから張学良としては周恩来を招んで押さえ込んでもらう必要があった。そしてこの2年後に楊虎城は謀殺されるのである。



宋美齢の「回想録」によると、彼女は二十三日には二時間、また二十四日にも、周恩来と会談している。宋美齢は、周恩来に以外にも好感をもったようで、宋美齢の斡旋で、周恩来は蒋介石に短時間あったようである。


蒋介石対張学良、蒋介石対周恩来のやりとりで、文書での約束がなかったことはすでに周知のことである。口頭での約束があったといわれるが、口頭でも、正確な約束はおそらくなかっただろう。だが、三者間の暗黙の諒解というか、以心伝心による合意というか、そういうものは確かにあったと、私は推断する。


西安事件(一九三六年十二月)から盧溝橋事件(一九三七年七月)までの約七ヵ月官は、これをしずかに回想してみれば、日中戦争・太平洋戦争・敗戦とつづくものであり、したがって、いわば日本の命運を決定した時期であった。


(以上 抜粋&ダイジェスト)



言うまでもなく日本の命運はとっくに決定しています。
それは明治『維新』から311まで一直線に繋がっている。
シゲちゃんはそのシナリオのどこまでを知っていたのでしょうか。
いずれにせよシゲちゃんとジロちゃんが加担した諸々の汚れ仕事は、
『変容』した人間でなければ到底能わざる所業です。
宋美齢、周恩来、WHドナルド、吉田茂、白洲次郎、松本重治・・・
全員が同じ穴のトモダチであり梟の一族です。
そしてここに特異な梟がもう一匹登場します。
その名も須磨弥吉郎。



           

右端が須磨弥吉郎。落合莞爾を髣髴とさせる怪異な御面相である。
1932年、在上海日本公使館情報部長となり対蒋介石政権の情報収集に努め、
1937年、山本五十六とともに内閣情報室を創設した諜報戦のパイオニアである。
以下、梟が明かした楽屋落ちの裏話である。


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