Home > 未選択 > 六城雅敦(nomades)

六城雅敦(nomades)


学問道場の司令塔にして阿修羅管理人のトップ、
311の真のトモダチ六城雅敦によるネンチャク行為のアレコレ。


nomades編(ぴっぴの元型)





1.個人的なことに終始し無駄に長くなってしまいました…。 nomadesさん (2013/12/20 21:40)
ペリマリさん、はじめまして。
いまとなっては、なにを調べていて辿りついたか、よく思いだせませんが、視点がユニークなので、
気になる事象の裏を考える際、いくつかのブログとあわせて、ヒントを探しにお邪魔しておりました。

この阿片をめぐる史実、よくぞ掘り起こしてくださいました。ほんとうにありがとうございます。
繰り返される慰安婦をめぐる日韓の小競り合い。どうしても違和感がぬぐえず、ここを訪れたのです。
この史実に触れることができ、ほんとうによかった…ペリマリさんへの感謝の気持ちを言葉にしたく、
コメントを書きこむことにいたしました。

子どもの頃から自国を恥じ、日本人であることに罪悪感すらもっていたせいか、それが洗脳による
ものと知るや、激しい憤りを覚えたものです。争点になっている史実の真偽を検索すれば、
狙いすましたかのように、日本は良いこともした、むしろ被害者だといった言説であふれています。
長い間、恥ずべき過去を反芻させられてきた者らには、魅力的に響くのかもしれません。

一方、数年前に「陰謀論」を積極的に調べはじめた頃は、いまひとつ実感がともないませんでした。
しかし、震災以降、世界支配層の存在を完膚なきまでに思い知らされるのです。
彼らの支配が自国でも連綿と続き、ついに大掛かりな民族浄化へ移行していることを認めるのは、
心身をひどく消耗させるものでした。

そんな折、宗家のカポ―としての支配が現在も…とのペリマリさんの解釈に触れ、妙に嬉しかった
のを覚えています。世界支配層に異民族を使って牛耳られるくらいなら、同じ踏みにじられるなら、
売国奴の足でやられたいと感じたからです。
それほどに、同胞以外から受ける支配は、耐えがたい屈辱であると悟らされました。
長く飼い慣らされてきた者にとって、この種の「屈辱」の感情が湧くのすら信じられないことでした。
ペリマリさんの宗家に関する解釈に出会わなければ、気づかなかったと思います。

そして、この『麻薬問題』の記事を拝見しながら、その同じ「屈辱」をありありと目に見える形で、
限りなく冷酷で卑怯な方法でもって、中韓の人々に与えていたと、ようやく気づかされたのです。
自虐史観につかっていたときですら、中韓ひいてはアジアの人々の、「他国に支配される屈辱」に
思い至ることは、ついにありませんでした。

ペリマリさんがほどいてくださった、麻薬をめぐる事情、そこに透けて見える日本政府の行為の様相、
つぶさに知ることができ、ほんとうによかったです。すべてを読み終えた時、自国の醜さへの嫌悪、
被害国の人々への罪悪感が、最近、少しずつ備わりはじめた日本人としての自覚とともに、
ごく自然な仕草で治まっていたのです。私にとって、初めての感覚でした。

それは、この記事に邪な意図が働いていないからだと思うのです。もちろん著者の意図、発掘した
ペリマリさんの意図は働いています。ですが、そこに企みはありません。
印象操作も誘導も受けず、事実を手にすることの、潔さとでもいえばよいでしょうか。
うまく説明できませんが、自国の歴史に隠された暗部をつまびらかにされているにもかかわらず、
なぜか、清々したのです。

そして、まだはっきりとわかりませんが、闇の中をペリマリさんの他の記事も読み進めながら、
自分なりに思索していると、なにか、とてつもなく大事なものに指先が触れているような、
そんな奇妙な心地がするのです。





2.あんまり読みにくいので書き直しました。(ごめんなさい) nomadesさん (2013/12/21 15:37)
ペリマリさん、はじめまして。
いまとなっては、なにを調べていて辿りついたか、よく思いだせませんが、
気になる事象の裏を考える際、いくつかのブログとあわせて、
ヒントを探しにお邪魔しておりました。

この阿片をめぐる史実、よくぞ掘り起こしてくださいました。
ほんとうにありがとうございます。
繰り返される慰安婦をめぐる日韓の小競り合い。どうしても違和感がぬぐえず、
ここを訪れたのです。この史実に触れることができ、ほんとうによかった…
ペリマリさんへの感謝の気持ちを言葉にしたく、コメントを書きこむことにいたしました。

子どもの頃から自国を恥じ、日本人であることに罪悪感すらもっていたせいか、
それが洗脳によるものと知るや、激しい憤りを覚えたものです。
いくつかの争点になっている史実の真偽を検索すれば、狙いすましたかのように、
日本は良いこともした、むしろ被害者だといった言説であふれています。
長い間、恥ずべき過去を反芻させられてきた者らには、魅力的に響くのかもしれません。

数年前に「陰謀論」を調べはじめた頃は、いまひとつ実感がともないませんでした。
しかし、震災以降、世界支配層の存在を完膚なきまでに思い知らされるのです。
彼らの支配が自国でも連綿と続き、ついに大掛かりな民族浄化へ移行していることを
認めるのは、心身をひどく消耗させるものでした。

そんな折、宗家のカポ―としての支配が現在も…とのペリマリさんの解釈に触れ、
妙に嬉しかったのを覚えています。世界支配層に異民族を使って牛耳られるくらいなら、
同じ踏みにじられるなら、売国奴の足でやられたいと感じたからです。
それほどに、同胞以外から受ける支配は、耐えがたい屈辱であると悟らされました。
長く飼い慣らされてきた身には、この種の「屈辱」の感情が湧くのすら信じられないこと、
ペリマリさんの宗家に関する解釈に出会わなければ、気づかなかったと思います。

この『麻薬問題』の記事を拝見しながら、その同じ「屈辱」をありありと目に見える形で、
限りなく冷酷で卑怯な方法でもって、中韓の人々に与えていたと、ようやく気づかされた
のです。自虐史観に首までつかっていたときですら、中韓ひいてはアジアの人々の、
「他国に支配される屈辱」に思い至ることは、ついにありませんでした。

ペリマリさんがほどいてくださった、麻薬をめぐる事情、そこに透けて見える日本政府の
行為の様相、つぶさに知ることができ、ほんとうによかったです。すべてを読み終えた時、
自国の醜さへの嫌悪、被害国の人々への罪悪感が、最近、少しずつ備わりはじめた
日本人としての自覚とともに、ごく自然な仕草で治まっていたのです。
私にとって、初めての感覚でした。

それは、この記事に邪な意図が働いていないからだと思うのです。もちろん著者の意図、
発掘したペリマリさんの意図は働いています。ですが、そこに企みはありません。
印象操作も誘導も受けず、事実を手にすることの、潔さとでもいえばよいでしょうか。
自国の歴史に隠された暗部をつまびらかにされているにもかかわらず、
なぜか、清々としたのです。

まだはっきりとわかりませんが、ペリマリさんの他の記事も読み進めながら、闇の中を
自分なりに歩いていると、なにか、とてつもなく大事なものに指先が触れているような、
そんな奇妙な心地がするのです。





5.↑中田マカネのアラシ         ペリマリさん (2013/12/21 17:45)
中田、ヒマなのか。






1.言論ではない         ペリマリさん(2013/12/22 10:38)

中田安彦
君の成りすましに付き合うのはもうこれで最後にする。これは言論ではなく呪術だ。呪術は必ず破れる。そしてかけた者のところに返って行く。それを忘れないように。






2.人違いは辛いです。       nomadesさん(2013/12/22 15:33)

お礼を書き込もうと再び訪れて、とても驚いています。
確か昨日は「感動した」と喜んでくださっていたので、思いきって書き込んでよかったと
胸をなでおろしたところでした。

私のコメントの一部には、先日、ペリマリさんのブログを紹介した方にあてたメールと
よく似た箇所があります。その方と見解の相違があったのか、ペリマリさんのブログを
貶され、思わず、「自国の歴史に尋常でないほど深く切り込みをいれているのが、
おわかりになりませんか」と、応酬してしまいました。
それがもとで、その方とはそれっきりになってしまいました。

もし、その方がここをみてられたら、「ほら、言わんこっちゃない」と嗤っていらっしゃる
ことと思います。その方にいくらでも嗤われてよいですが、人違いは辛いです。

誓ってよいです。私は「中田マカネ」さんではありません。

その証になるかどうか、なんとも心もとないですが、ペリマリさんに次のような質問も
用意しておりました。あらためて投稿してみますね。
どうか、一素人閲覧者だと思って、読んでくださいませんでしょうか







3.「日本人」と「日本人としての誇り」        nomadesさん(2013/12/22 15:45)
20日、21日の要領の得ない書きこみは、ペリマリさんへの感謝とまずはご挨拶でした。
歴史に至極疎いうえ、言葉を選別する厳密さをもちあわせないため、書きこむのに、
これほど勇気のいる掲示板はないと感じています。感謝の言葉を打ちこむのすら、
なにやら決意がいって、思い立ってから1ヶ月もかかってしまいました。

書きこんでしまえば、恥をかきながらでよいからお訊ねしてみようと思えました。
こんな覚束ないありさまですのに、真摯にお応えくださり、とても恐縮しています。
ほんとうにありがとうございました。
なんとか顔をあげて歩きはじめた方向に、間違いはなかったと励まされました。
(上記4行は昨日の喜んでくださったペリマリさんへ書いています。今は少し複雑です。)

自国を恥じる子どもであったのは、皮肉をこめて言えば、家庭と学校、両方での教育の
賜物です。テレビはほぼ視聴禁止でしたが、新聞や月刊誌からは影響を受けました。
日本より海外で暮らすことの長い妹など、今もアジア系の人々を前にすると、
我知らず委縮してしまうようです。

お訊ねしたいことを書いてみますね。
ただ、日本は消滅し自治区…を読んだあと、これから書く内容のピントの外れようには
ひどく気後れしています。

ペリマリさんへ感謝の気持ちを綴っている際、「日本人としての誇り」との言が浮かび、
この先そういったものを仮にもつとして、それが洗脳によるものでないと、果たして、
言いきれるのかと思ったのです。先の書き込みで「日本人としての自覚」としましたのも
「日本人としての誇り」と書くことに躊躇を感じたからでした。

私に刷りこまれた洗脳、「日本人は過去に多くの悪事を働いた恥ずべき民族である」
(悪事を働いたのは事実ですが)を解いて、史実を受けとめたうえで、自らつかんだ
「日本人としての誇り」も、思いもよらぬ方向からかけられた洗脳にすぎぬかもしれない
と疑ってしまうのです。メディアごときに、「日本人よ、自信をもて」などと煽られれば、
ナショナリズムを鼓舞させ、戦争へ押しやる魂胆だろうと警戒してしまうのです。

そもそも、「日本人として」の、「日本人」とは何なのかも、よくわからなくなっています。

少し脱線しますが、他国については、洗脳らしきものにかからなかったように思います。
幼い頃より米国がどうにも嫌いでした。憧れの人々や国々は中東諸国にありました。

子どもの目にもアメリカという国のありようの醜さは明らかでした。
文化に透ける単純な国民性、深く考えない者の多く住む見かけ倒しの張りぼての国
といった印象に加え、偽善の理念を掲げては絶えず戦争をしかける胡散臭い国を
好きになりようがなかったのです。

中東好きは、深い瞳をした美しい佇まいの人々や文明の発祥地に対する憧れに
端を発していたように思います。圧倒的な歴史をもち、厳しい風土に練られた
誇り高き人々の慎ましい風情に、自分たちとの親和性を勝手に感じていました。
これも、ほとほとステロタイプに過ぎませんが。

話を「日本人としての誇り」に戻します。

「日本人としての誇り」が備わらないばかりか、日本や日本人を恥ずかしく感じながら
生きてきましたから、私が私であることに誇りをもちさえすれば、「日本人としての誇り」
などなくとも、もうよいではないかという気持ちと、長きにわたる洗脳で奪われたのなら、
そう気づいたのなら、なんとしても取り戻すべきではないかという考えと、
この種の「誇り」は支配者らに散々悪用されてきたのだから警戒すべきという疑念とで
考え始めると混乱するばかりなのです。

一方、私という人間には、日本人としての属性が依然としてあり、その部分を故意に
無視するのもおかしなことです。

日本文化の他に類をみない面に触れると、ひとりでに誇らしくなる、その程度の誇りで
よいではないかと思えても、自らの国や民族に誇りをもてない集団は容易に支配され、
事実、侵略されたまま消滅させられるのかと暗澹たる気分にもなります。

宗教、民族、国家において、「誇り」自体、自らに持つならば、決して他者の誇りを
侵さないといった枷をつけぬことには、暴走しかねない概念です。
しかし、侵略者らと正しく闘うには、この「誇り」は不可欠だとも思うのです。
奴隷であることに頓着しない人々に一考してほしいことでもあります。

ペリマリさんが別の記事で、日本人とは…と書きかけてられたように記憶していて、
ご自身では、「日本人」や「日本人としての誇り」をどのようにとらえてられるのか、
お訊ねしたいと思ったのです。

   






4.このコメントは公開しないでくださいますように。    nomadesさん(2013/12/22 18:44)


どうか、この書き込みは、非公開にしてくださいますように。
文章の最後にメールアドレスも載せましたので、公開しないでくださいね。

書き込むのにあれほど勇気のいるコメント欄でしたのに、こうして続けて投稿することに
なるとは少々皮肉ですが、ペリマリさんと話せる機会をいただいたと思うことにしました。

例のコメントを書き込む直接の動機は、ペリマリさんのおかげで、自分がどれほど開眼
させられたか、ペリマリさんにはもちろんのこと、ぜひ他の閲覧者の方々にも
知っていただきたかったからでした。

そう思っていた頃、ちょうど「伊藤」という方の書き込みをきかっけにバトルがありました。
統一教会の幹部らしき方々とのやりとりをまのあたりにしてからは、
ますますコメント欄に書き込むのが恐ろしくなっておりました。

しかし、ひとり奮闘なさっているのをみていて、ペリマリさんによって眼を開かれた者が
ここに確かにいると、広く知らせたいという気持ちが高まってゆくのです。

時を同じくして、ペリマリさんのブログをある人に興味深い視点として紹介したのです。
しかし、ひどく貶され、私は応酬してしまいます。
それをきっかけに、さらにペリマリさんのブログをむさぼり読むようになったのです。
決して貶められるようなものではないことを自分の眼で確かめたくて…。

それでも、どうしてもコメントを書き込む勇気がもてないのです。
以前に書き込まれていた方々のように、ペリマリさんにとって有為な情報をもちあわせて
いるわけでもなく、そもそも、歴史の知識が哀しいほどないのです。
書き込む内容によっては、ペリマリさんから厳しくお叱りを受けるやもしれません。

どれほど逡巡したことでしょう。
続けてペリマリさんの様々な記事を読んでは、書き込もうかどうしようかと行ったり来たり。
ついに書き込んだのが、20日の、行の折り返しのめちゃくちゃなコメントです。
慣れないことをするとこうだ…と、恥ずかしいといったらありませんでした。
なんとか書きなおしてみたものの、格好わるいなと思いつつ、後にしました。

そのあと、しばらくして、私の書き込みを喜んでくださる記事を目にしたのです。
どれほど嬉しかったことでしょう。
勇気をだして、愚かで、ピントはずれなことを必死で書いて、よかった。
ほんとうによかったと。

返信は、心して書かねばと、昨夜、素人なりに練っておりました。
そして、さあ、お礼とともに書くぞ!と訪れましたら、「中田」さんにされていました。

舞いあがっていた私は、したたかに地に打ちつけられます。
しばらく、呆然としておりました。

どうしたら、私が私であることを証明できるのだろうと、考えました。
ペリマリさんのブログを紹介して怒らせた先の方に助けを求めようかと思いましたが、
逆に諌められそうです。
パソコン音痴ではありますが、私の投稿を解析してくださったら、
人違いだと、すぐにわかると思います。

私は……。ああ、とてもまどろっこしいです。
ネットにほんの少し、私に関する情報はあがっていて、「中田」さんではないと
はっきりわかっていただけるのに、口惜しいです。

音楽や絵の知識なら、「中田」さんよりあるかもしれません。
……と書いていて、かなり虚しいです。

これは、3月末まで使える捨てアドレスです。
このアドレスを通してでしたら、たいていのことなら、お話できるかと思います。
もし、よろしければ、お使いくださいますように。





5.『カレイドスコープ』について         nomadesさん(2013/12/23 00:51)

もうひとつ、ペリマリさんにお訊ねしたいことがあります。
ペリマリさんには、山ほどお訊ねしたいことがあるものですから、
人違いされたくらいで、すごすご退散するわけにはいきません。笑

「どんちゃん」という方とペリマリさんのやりとりは、よくわからない部分もありましたが、
その筋の方が、どんなことを考えているのか、一端が垣間見えて、興味深かったです。
その発端となった書き込みについてです。
バトルとは関わりがなく、ペリマリさんをすっかり脱力させるかもしれません。

「伊藤」という方が『操作する側』の傀儡に『カレイドスコープ』をあげ、ペリマリさんも
同調なさいました。そのブログのまじめな閲覧者ではありませんが、管理人の方に、
時折、素朴な質問をしたり、過去の記事や昔のブログ(エッセイ)を拝見した者には、
とてもそのように思えないのです。

そこで、ペリマリさんの過去の記事をさかのぼって拝読し、その理由を探してみました。
いくつか、この点かなと思われるくだりはあったものの、決定的だとは感じられません
でした。その時点で、ペリマリさんにお訊ねすればよいのに、「どんちゃん」という方と、
厳しくやりとりをなさっているさなか、あまりに場違いな気がして、できませんでした。

誤解が生じているのかもしれないと、カレイドスコープの管理人の方にお訊ねしました。
予想外にも、このブログを貶されてしまい、私は、つい強く応酬してしまうのです。
管理人の方は、何もわからぬ素人の反応に、気分を害してしまわれたかと思います。
信頼をよせていた方だけに、余計なことをしなければよかったと後悔しています。
傀儡と判断したわけではないですが、それきり、カレイドスコープを訪れていません。

ご存じのように、多くの方が、カレイドスコープの記事を指標としておられます。
そんななか、管理人の方も、よもやミスリードしているおつもりは、ないと思うのです。
意図しなくても結果的にミスリードとなっていれば、傀儡とみなされてしまうのでしょうか。

震災以降、真摯な記事をいくつもあげておられますし、どの事象での切り口も、良識と
常識の範囲内です。あえてタブーに踏み込まれませんし、傀儡によくみられる猛毒が
仕込まれているようにもみえません。
「陰謀論」についても、途中、信用した説が違っていたと、修正、謝罪なさっていました。

紐付きと思われる方々の著書も掲げてはおられますが、初心者用にとっかかりとして、
読みやすくわかりやすい著書を選ばれた結果かと思います。
あのブログを転載されている多くの方々をみましても、世を憂うごく一般の人々
といった印象を受けます。

ペリマリさんのブログと同じくらい、カレイドスコープは、私にとって大切な場所でした。
もちろん、これからも閲覧すればいいだけのことですが、なにか、大きく間違って
とらえているのでしたら、示唆していただきたいのです。

日本の成り立ちを隠された歴史からつぶさに知ることによって、日本人としての自らの
姿勢をどれほど厳しく律せられるか、ペリマリさんのブログで痛いほど感じる者としては、
カレイドスコープの閲覧者の方々も、もっといえば、知性の塊のような管理人の方も、
ペリマリさんの開示される多くの記事を、ときには読んでほしいと思うのです。

何日もかかって、ほんのひとところをようやく理解する私と違って、あの管理人の方なら、
ものの数時間で消化し、自分のものとされるのではと思います。
それは大きな知の波となって、カレイドスコープの多くの閲覧者の方々にフィードバック
される、そんなことが起きれば、もう、鬼に金棒ではないかとも思えるのです。






6.私の実名を載せています。決して公開しないでください。 nomadesさん(2013/12/23 14:57)

これは私信ですので、決して公開しないでください。
私の仕事や実名のわかるアドレスを載せております。

『へなちょこお菓子』
へなちょこなお菓子を 好きな人の家の玄関口に おいてみたのです。
そっとうかがっていると その人は 大そう喜んで へなちょこお菓子を むしゃりと 
めしあがりました。 ああ。よかった。またくるね。たくさん へなちょこお菓子もって 
おたずねするよ。 うれしさを しばらく胸にしまい 家をあとにするのです。

次の日 呼び鈴をならそうとして 食べかけのお菓子と一緒に 張り紙をみつけました。
『この菓子を もってきたものは まったくもって こそ泥で とんでもない悪党である!』
なんのことか よくわからず 呼び鈴を ならしては 声をかけます。 扉は かたく 
閉じられたままでした。 この人を おこりんぼにしたのは いったい だれのせい?

こそ泥 ちがうよ どうしたら わかってくれる? へなちょこお菓子 どうすりゃ 
ほんとの味 思いだせるのさ。 家のまわりを ぐるぐる歩きながら 考えるのです。
ぜんぜん うかびません。 なにせ へなちょこお菓子を こさえるしか できないですから。
見知らぬだれかに 「やい まぬけ でべそ」 といわれても ぜんぜん かなしくなんか 
ありません。 だって 知らない人です。 どうってこと ありませんから。

夜もぐるぐる歩いたのです。 張り紙は うんと おおいばりで はってあるのです。
『このもの たいへん もう ほとほと せかいいち けしからんやつである!』
くっきりとした文字を 手でなぞるうち 目のまえが ゆっくり にじんできました。
知らない人でなく 好きな人が 書いたものでしたから。

「私は、しがない絵本作家です」
たった1作しかだしていないので、こんなふうに口にだせるしろものでないですが、
いま、ようやく、2作めにとりかかっています。

孤独な作業は性にあっていて、調べ物のさなかに、ユニークなブログにであうと、
この方が、もしも、私の作品をご覧になったら、なんとおっしゃるだろう
そう想像しては、手元の作品を、きりきり、練りなおします。

ペリマリさんのブログで学んだおかげで、主人公の名前をかえようか思案中です。

最初から、そう自己紹介していれば、信じてもらえたでしょうか。
唯一、自分を証明できる方法を思いつきました。
『あの人検索スパイシー』というサイトに、以前、身分証明証やパスポートで、
本人であることを審査してもらい、いただいたページがあります。

『つながり』のページには、
ペリマリさんが、もしかするとご存じかもしれない ピアニストが載っています。
ファジル・サイという方です。 こちらがお題をだせば、即興で作曲演奏してくださる、
とても気さくな方です。 1作めが映画化される際、絵に曲をつけてくださったのです。
「このオオカミは僕みたいだ」とおっしゃり、とても嬉しかったことを覚えています。
絵本の各シーンにつけられた彼の音源が、部屋のクロゼットのどこかにあると思います。

ペリマリさんのプロフィールにある「ねこのイラスト」を載せようと試みましたが、
リンクがうまく取得できず、できませんでした。
他の記事の写真もトライしましたが、できず、グリモーさんのHPからお借りし、
転載してみました。

私のページの『つながり』は、サイトの機能上、操作できませんが、
プロフィールの欄にある『画像』は、本人であれば、追加、削除できます。
「グリモー」の写真、しばらくしたら、削除しようと思います。
偉大な方です。私のページには恐れ多いです。

それでも、私を「中田」という方、あるいは、その仲間とみなされるのでしたら、
もはや、投稿だけで自分自身を証明する方法はありません。

ペリマリさんにうかがいたいことが、私には、たくさんあります。
この国と、悲惨な行く末をともにしなければならない者にとって、真実を知ること、
しかも、可能な限り、深く理解すること、それらが、理不尽な現実にたちむかう、
なによりの武器になると思うからです。
そして、限りなく真実に近い史実を隣国の方々とも、共有したいのです。
    




※引用者注
「決して公開しないでください」「実名が書いてあります」
などと芝居がかった但し書き付でネンチャクしてくる。
ブログ読者の中でそういう変質者は六城雅敦ただ1人である。
彼はインターネットのレクチャーを受けているプロである。
PCド素人の私に対しては非常なる優越感を持っているので、
コメントにあれこれ小細工してブログ機能をブッ壊している。
それによって却って悪目立ちしていることが分からないのである。








7.中田マカネのコメント=ポスト英米時代のフォーマット     ペリマリさん(2013/12/23 20:21)

以上、中田安彦(或いはマカネ)のコメントです。このようなトラップを仕掛ける犯罪者がいるという参照にしてください。ここのコメント欄はどのように書いても中田マカネのようなメチャクチャな改行にはなりません。中田マカネのコメントをワード機能でチェックしてみたところ、特殊なフォーマット且つ仲間内で共用できるシステムを使っているようです。


  




8.メールで使うファイルにコピーして貼りつけただけなのです。 nomadesさん(2013/12/23 23:46)
ペリマリさん、ほんとうにひどいです。
素人の私に、なにをなさっているか、わかっておられますか。
私は犯罪者などではありません。

考えをいきなりコメント欄には打ちこめないので、メールを書くときに使う、
Windowsメールの「メールの作成」をクリックするとでてくる「メッセージの作成」という
フォーマットを使い、そこに、文字数(他の方のコメント欄をみて何文字並ぶか数えた
のです。42個でした。)を「*」で合計42個を横に並べて、
そのすぐ下に文字を打っていったのです。

それをコピー&ペーストで、ペリマリさんのブログのコメント欄に貼りつけました。
すると42個では、文字数が多すぎて、改行がめちゃくちゃになるみたいなのです。
どうぞ、Windowsメールを使っている方はやってみてください

こんな感じです。

******************************************
あいうえおあいうえおあいうえおあいうえおあいうえおあいうえおあいうえおあいうえおあいうえおあいう
あいうえおあいうえおあいうえおあいうえおあいうえおあいうえおあいうえおあいうえおあいうえおあいう

めちゃくちゃになっていると思います。

多すぎると気づいて、その後は、「*」36個に減らして、そこにこんな風に打っていくのです。

************************************
あいうえおあいうえおあいうえおあいうえおあいうえおあいうえおあいうえおあいうえおあ
あいうえおあいうえおあいうえおあいうえおあいうえおあいうえおあいうえおあいうえおあ

これだと、コメント欄に治まると思います。





9.目を覚ましてください。       nomadesさん(2013/12/24 00:22)
このありさまをみて、一番喜んでいるのは、「中田」という方とそのお仲間だと思います。
私が人違いされていることを一番よくわかっているのは、その方たちだと思うからです。

どうすれば、「中田」さんが、私の本人審査で通ったページを操作できるのでしょう。
ペリマリさん、どうか、目を覚ましてください。

今まで、「中田」さんとみなされた人が、ここまで人違いだと言い続けたでしょうか。
言い続ける利点が、「中田」さんにありますか。
ないと思います。

私は、一貫してペリマリさんとペリマリさんのブログを評価したコメントをよせています。
そういったコメントが、このブログの何に悪影響があるのでしょう。

ペリマリさん、私は、ペリマリさんと話がしたかっただけです。
ここに、確かに、ペリマリさんのことを喜んでいる者がいるよと、励ましたかっただけです。
ひとりで孤軍奮闘なさっているのをみていて、応援したくなっただけです。

ペリマリさんは、もっと広く評価されなければならない方です。
もっと、多くの方が、ここを訪れて、知ってほしい。考えてほしい。
そう思ったので、無知をさらしてでも、コメントを書き込んだのです。

たったそれだけのことだったのです。







10.君は恥知らずだ          ペリマリさん(2013/12/24 09:45)


「文字数(他の方のコメント欄をみて何文字並ぶか数えた
のです。42個でした。)を「*」で合計42個を横に並べて、
そのすぐ下に文字を打っていったのです」


なるほど。ポスト英米時代の滅茶苦茶な改行は、このような仕組みによって演出されていた訳だ(ポスト英米時代の場合、文字数の設定は43文字)。


>>9

「今まで、「中田」さんとみなされた人が、ここまで人違いだと言い続けたでしょうか。
言い続ける利点が、「中田」さんにありますか。 」


その通り。ここまで言い続けたのは本人しかいない。利点は全くない。止められないだけだろう。


君はれっきとした犯罪者集団のメンバーだ。核爆発の一週間後に『安全宣言』を喧伝し、母親と子どもに帰宅を呼びかけ、カルト会員を内部被爆の生体実験に供している。


しかし君は恥を知らない。ただの一度も中田安彦の名前でコメントしない。不毛な成りすましのコメントを重ねている。『安全宣言』のオトシマエをつけないで、何を私と話し合おうというのだ。


学問道場が路線を変えようが新しいプロパガンダを喧伝しようが、福島の子ども皆殺しプロパガンダを吹聴した事実は消えない。


君たちはRKとはトモダチだ。チベットよわーのRK批判は馴れ合いの猿芝居だ。君たちはRKとはマッチポンプをやっているが、福島の子ども皆殺しプロパガンダでは見事なタッグをくんでいる。


韓国併合、在日朝鮮人の問題についてもまったく同様のことが言える。新しい歴史を作る会の連中がやっていることは万死に値する。新しい歴史を作る会=子どもたちに歴史の真実を教えない会=亡国の犯罪者集団だ。


今や1993年に仕掛けられた『紛争』によって、被害者や加害者がナショナリズムによって振り分けされている。被害者は国籍によって差別されるべきではない。私にとって従軍慰安婦問題も311も被害者に寄せる思いに国別はない。


でも君は自分のことしか考えていない。君には情けも誇りもない。これは君の人間性の問題だ。国家観や史観は関係ない。

コメント

コメントを受けつけておりません。

ブログ内検索

RSS・ブックマーク

最新記事

(04/02)
(03/01)
(02/19)
(02/01)
(01/26)
(01/01)
(12/22)
(12/01)
(11/23)
(11/18)

最新コメント

[02/27 ペリマリ]
[02/27 ペリマリ]
[02/26 ペリマリ]
[02/26 ペリマリ]
[02/16 ペリマリ]
[01/20 ペリマリ]
[01/17 クールCyrusII]
[11/20 ペリマリ]
[11/13 ペリマリ]
[11/13 ペリマリ]
[11/12 jdwsr736]
[09/05 ペリマリ]
[03/16 ペリマリ]
[03/15 NONAME]