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majick103    薔薇十字結社の『擬態』としてのフリーメーソン

みなさんお元気でしたか?プラプラ講義の間が空いてしまってすみません。では引き続き変態ポチについて掘り下げてまいりましょう。


まず一句


この世をば わが世とぞ思う 変態ポチの 絶えることなく 湧き出る泉かな


さて世界支配層が11人であるということはすでに決定事項として定義してあります。ではなぜ11人なのか。正直なところみなさんは腑に落ちないのではないでしょうか。実はこれは三島由紀夫を検証してたどり着いた答えなのです。


ここで訂正事項があります。


変態ポチの任期は25年ではなく20年です。


『豊穣の海』は『20歳』で命終し『転生』を繰りかえす物語ですが、私はこれを『20歳』の『神』として『転生』すると取りましたが間違いです。よって三島由紀夫が二度目の儀式を受けた年も44歳というのは間違いです。初回は19歳で2度目は38歳で儀式を受けている筈です。


そして恐らく1965年(40歳)前後に何か不都合なことをしたのでしょう。ノーベル賞受賞はチャラにされ『自決』のシナリオが始動しています。三島由紀夫本人が言うことには「私の家系はお喋りの家系である」「自分を一言でいうと軽薄と忍耐である」ということなので、得意の絶頂のあまり、世界支配層について口を滑らせてしまった可能性大です。


そしてこの前後に書かれているのが『秘密結社の手帖』です。著者は澁澤龍彦とあります(言わずもがなですが実質的な作者は矢川澄子です)。



作られたイメージとしての澁澤龍彦




退行した時の澁澤龍彦




澁澤龍彦を掌の上で転がしていた『怪物』矢川澄子





木は森に隠す。重要な秘密結社はさして重要でない秘密結社の森の中に隠す。本著は枯れ木も山のにぎわいといった風情で秘密結社のオンパレードになっております。



『サド裁判』(言うまでもありませんがヤラセです)で世に出た澁澤龍彦は、『サド侯爵夫人』の監修役を務めたり、『血と薔薇』で三島由紀夫のヌード写真とともに自分のそれも掲載したり、究極のダメンズ清さまの幼稚な恋愛譚を綴った『豊穣の海』第一部『春の雪』をベタ褒めしたり、三島『神話』の補完を任務としていることが伝わってきます。




あらゆる意味で『錬金術』的な工夫が凝らされている宝塚劇団の『春の海』






「稲垣足穂なら自分の愚行を理解してくれるはず」という謎かけをする三島由紀夫と澁澤龍彦



稲垣足穂を画像検索すると、何と野坂昭如と濃厚なキスをしているショットが出て来るではありませんか。グロいのでここにはアップしませんが、みなさんそれぞれ確認されてください。何でも瀬戸内寂聴を始めとする変態ポチたちが、列をなして稲垣足穂詣りをするそうです。その中に三島由紀夫と澁澤龍彦ももれなく入っている訳で、当の稲垣足穂は三島由紀夫について何と言っているかというと『興行師』だと。チーム・三島における平岡公威の役割は確かに興行師的なプロモーションですので、稲垣足穂の『評価』は正鵠を射ていると言えるでしょう。足穂詣りをしている澁澤龍彦はその間の事情を十分承知の上で、三島由紀夫の訴えを聞く役を演じているのです。


定理 変態ポチは互いに補完し合う。


かように澁澤龍彦と三島由紀夫は補完し合う関係ですから、本著『秘密結社の手帖』も三島由紀夫のチョンボをカヴァーするために書かれているのは想像に難くありません。さらに急遽本著が書かれた時期と、三島由紀夫が二度目の儀式を受けて『世界小説』を書く準備を始めた時期が近接していること、かてて加えて三島由紀夫のパーソナリテイーから鑑みて(本人自ら平岡家はお喋りの家系であり、自分の特徴は軽薄と忍耐であると言っています)、おそらく得意の絶頂にあった三島由紀夫がつい口を滑らせ世界支配層に関する重要なことをリークしてしまった、『オメルタ』の鉄則を破ってしまったために『自決』しなければならなくなった、という類推はあながち牽強付会ではないと思われます。


では、重要なリークに該当すると思われる部分を本著から抜粋し(黒色の部分です)、引用者による注解という形で説明して行きたいと思います(海緑色の部分です)。





澁澤龍彦『秘密結社の手帖』早川書房より 
(1965年1月~11月の期間連載したものに加筆修正)



秘密結社とは?


・・・・・・これはわたしの個人的な思い出であるが、たとえば、フリー・メーソンという古い人道主義的、コスモポリタン的な結社にしても、少年のわたしには、なにか不気味な、おそろしい国際陰謀団のような気がしてならなかったものだ。陰険なユダヤの金融資本家が牛っていて、いたるところに諜報網をもち、世界中の政府を転覆させることを目的としている血なまぐさい団体のような気がした。今でも、案外、そう思っている人は多いのではないか。


秘密結社には、わたしたちがその名を知っているものだけでも、じつにいろいろあり、名も知らないような奇怪な結社まで数え立てれば、さらにたくさんある。いったい、秘密結社とは何であるか。(中略)フリー・メーソンのように、世の中が政治的に安定していて、団員が他から迫害を蒙ったりすることがないような場合には、組織の存在、教理、会員の集合場所、会員の氏名などを少しも隠さず、世の中の表面にあらわれることを別だん避けない秘密結社もあるからである。有名な政治家や芸術家で、公然たるフリー・メーソン会員だった人もたくさんいる。


むしろ、秘密はその団体に特有な入社の儀式にある、と見た方がよい。秘密結社をして真に秘密結社たらしめるものは、この入社式と呼ばれる特別の儀式なのである。新会員は、この非公開の入社式で、旧会員から一種の試練を受ける。それは多くのっ場合、象徴的は手続であるが、新会員は試練を受けて初めて組織の一員たる資格を得るのである。宗教的、魔術的な結社であれ、政治的、社会運動的、犯罪的な結社であれ、そこには必ず、多かれ少なかれ複雑な入社の儀式、および試練が存在することを忘れてはならない。


この儀式に、さらに別の特殊な秘密が加わる。すなわち、会員相互が自分たちを門会社から識別するための記号、符牒である。また。団体の起源、目的、沿革などの口伝による継承がある。これも重要な秘密結社の特徴の一つであろう。あらゆる時代に、儀式の秘密を所有することによって、俗世間の人間のあいだから自分を区別しようと努力した人たちがいたのである。そういう人たちが集まって、小さな集団をつくる。その方法はさまざまに違っていても、この秘密に一つの制度としての形式を与えようとする志向は、人間の魂に抜きがたく染みついた傾向であるように思われる。


だから心理学者や社会学者の目に、この儀式は、特定の秘密結社によって追求される特定の目的と等しい重要な意味をもつ。儀式、試練、符牒―この三つこそ、秘密結社と一般の団体組織とを区別する決定的なポイントであろう。秘密結社というものに、なにか奇怪な、謎めいた、陰謀団のような暗い性格がつきまとうとすれば、それはこの入社式の、芝居がかった秘密性のためであると言ってよい。門外者には、それが不気味なものに映るのである。


入社式の試練


入社式で行われる試練には、純粋に肉体的な試練から始まって、精神的、象徴的なものにいたるまで、まことに多種多様である。(中略)誓の際、重要な役目をはたすものに、人間の血がある。(中略)すべての入社式で共通の性格は、新入会員に、ある恐怖を与えるということだ。この恐怖によく堪えた者が、今までとは全く別の人格となって、新しい世界に生まれ変わるのである。


たとえば、アフリカのある部族で、呪術師になろうとする者は次のごとき気味の悪い試練を受けねばならない。(中略)このアフリカの未開民族のもとにおける入社式は、恐怖の試練によって個人が一度死んで、それから次に新しい生活に再生するという、入社式特有の象徴主義を端的にあらわしている。(中略)この点はなかなか重要なので、もう少しくわしく説明してみよう。


死と復活の象徴


ギリシアの密儀宗教の儀式と、原始民族の入社式とのあいだには、きわめてよく似た関連があるのである。アフリカ東岸のベンバ島に面した沿海地方に住む黒人の部族、ボンデイ族の間では、成人式に、子供の腹の上に血のしたたる牝鶏の内臓をのせる。子供を処刑する場面を架空的に演出するのである。かように、死と復活の儀式は、ほとんどすべての入社式に共通の象徴的なテーマであった。


すべての入社式は、まず闇の世界への旅行にはじまり、この旅行中、新参者の眼前に恐ろしい光景が次々と展開され、彼に死の感覚を与えるという、共通の象徴主義に基礎をおいているようである。


分類の試み


いったい、なぜ秘密結社は存在するのか。宗教や迷信が大きな影響力をもっていた過去の時代ならばともかく、科学万能の現代においても、依然としてそれが存在しているのは、なぜであるか。この質問に答えるには、まず、実際にこうした団体に加わった人と、同じ立場に身を置いてみる必要があるだろう。すなわち、秘密結社の性質、またその掲げている目的、スローガンによって、これらの団体を分類整理してみればよい。


多くの学者が採用しているもっとも簡単な分類法は、政治的秘密結社(革命および改革を含める)と、入社式的秘密結社(宗教、神秘主義その他を含める)と、反社会的(犯罪的)秘密結社とに三分する方法である。しかしこれも、厳密に区別することは困難であろう。たとえば十七世紀の薔薇十字団のように、哲学的神秘主義的な理をもって出発した団体が、宗教改革や社会改革の計画に乗り出したという例もあるからだ。フリー・メーソンにしても、それがフランス革命の際に果たした政治的役割は無視し得まい。『自由・平等・博愛』というフランス革命の旗印は、もともとフリー・メーソンの標語であった。


秘密団体はなぜ存在するか


ここで、ふたたび前の設問にもどって、なぜ昔も今も、世間には秘密団体への加入を望む人々が存在するのか、という根本的は問題を検討してみよう。心理学者の意見によると、ある種の人々には、つらい現実を逃避して、自分だけの封鎖的世界に閉じこもりたいという、やみがたい欲求が支配しているという。すなわち、いわゆる精神分裂症(シゾフレニイ)であるが、神話とか象徴とか儀式とかを好む奇妙な性向の人々も、この範疇に属すると見てよいだろう。要するに、精神分裂症者とは、現実と空想世界を逆転させ、もっぱら空想世界を現実として生きる人々のことなのである。


フランスのロベール・ヴォルマ博士の研究によると、分裂症者の描く絵は、この点できわめて示唆的である。そこには顕著な自閉性、映像凝縮、転移、象徴化、様式化の減少が見られる。また出産、血、動物の変形、人間と動物の形を一つの姿に結合したり、ばらばらに解体したりするという、極端な非論理化が行われる。そしてこれらの特徴は、まさに秘密結社のあらわす本質的な諸概念と、いちいち符号するのだ。


クレッチュマーの言う通り、総じて分裂症者の絵画は逆行の現象によって説明され得るかもしれない。さらに児童の描く絵のなかにも、そっくり同じ現象が見られるのは、むしろ当然というべきであろう。子供は一種の閉鎖的世界を作り、大人の注意から逃れようと努めるものである。子供の世界には、特有の伝統があり、子供たち相互のあいだで伝達されてゆく遊戯や、物語や、習慣や、きまり文句がある。


いわば秘密結社は子供の遊びの世界において、すでに完全にできあがっていると言えるだろう。それに、多くの秘密結社の加入者にとっても、入社式が一つの遊びであるということは、否定しがたいことではなかろうか。入社式といい、試練といい、それらは子どもの恐怖や、夢や、空想の復活以外のなにものでもあるまい。


逃避への一般的傾向は、極端な反社会的形体をとることがある。古代の密儀宗教に見られる乱交や、狂宴や、性的倒錯はその一つだ。(中略)人間の本能的な暴力への衝動や、過激への欲望を満たすことが可能になるのも、文明に逆行する秘密結社本来の理念のなせる業であろう。その善悪は、ここでは問わないことにする。


薔薇十字団


引用者注 世界支配層≒薔薇十字団とインプットしておいてください。変態ポチのみなさんは自分たちをフリーメーソンの特別会員だと思い込んでいるようですが、あなた方は薔薇十字団からスピンオフしたカルトを信奉しているのです。その証拠にあなた方は薔薇十字のバッジを持っている筈です。


その起源、社会的背景


神秘な伝説につつまれた薔薇十字団の起源は、きわめて曖昧である。中世のあいだ、多くの錬金術師やカバラ学者たちは、ヨーロッパ各地を旅行したり、お互いに知識を交換する必要から、一種のギルド(同業組合)のようは秘密組織をつくって、きびしい異端審問や焚刑などの弾圧をまぬがれた。教会から禁じられた学問を研究する知識人たちには、どうしても、このような相互扶助の地下組織が必要だったのである。薔薇十字団とは要するに、このような知識人たちの地下組織の発展した形であろうと思われる。


たとえば、十六世紀初めの天才的な医者で、魔術師としても評判の高かったパラケルススが、あれほどカトリックや保守勢力に憎まれ、多くの敵を周囲にもちながら、ヨーロッパ各地の貴族や豪商の家を転々と渡り歩き、どこへ行っても冷遇されることがなかったという事実は、彼が当時の何らかの秘密組織に属していたのではなかったろうか、という推測を生じせしめる。医者として彼がいかにすぐれた腕をもっていたにもせよ、組織の力がなければ、あの混乱の時代に、世界を股にかけて悠々と放浪生活を楽しむなど、とてもできない相談だったにちがいないのである。合言葉やバッジなどを示しさえすれば、組織の加盟社は、どこへ行っても宿を貸してもらえる。


さらにもう一つ、このような秘密団体を誕生せしめる好適な地盤をつくったものは、とくにドイツでさかんになった、ルターやメランヒトンをはじめとする宗教改革の運動であった。つまり、純粋な学問や技術に対する研究熱に、さらに政治的・宗教劇な革命思想が結びついていたのである。ロオマの権力に対する反逆の烽火が上がりはじめた十六世紀末に、薔薇十字団の前身ともいうべき、いくつかの革命的秘密結社がドイツに名のりをあげた。たとえば魔術師アグリッパの創立になる「黄金十字団」とか、錬金道士ストウデイオンによりニュールンベルクで結成された「福音十字団」などがそれである。


すでにパラケルススが、その著作のなかで、一五七二年の彗星は「近づきつつある革命の兆候であり前兆である」とはっきり説明していた。当時、一部の知識人たちのあいだに、世界世界革命の機運が熟しているかのような印象があったことは、たしかであろう。とくにパラケルススの弟子たちのあいだでは、師の予言に対する研究が熱心に行われていた。


引用者注 『パラケルスス』は最重要人物の一人としてインプットしておいてください。


このような社会的背景から、薔薇十字団は誕生したものと推定される。くわしいことは明らかにされていないが、たぶん、一六〇〇年ごろから団体活動をしていたのであろう。団員たちは、絶対の秘密を守ることを誓っていたから、同団体の存在は、ある時期まで、世間にはほとんど知られていなかった。薔薇十字団が、はじめてその存在を公然と明らかにしたのは、一六一四年以後のことである。この年から三年間にわたって、三つの著作が次々とあらわれたのである。それは、いわば現状打破を望む当時のヨーロッパの知識人の心に強く訴える、魅力的なマニフェストともいうべき書物であった。


その伝説、ローゼンクロイツの生涯


さて、一六一四年に初めて出版されたドイツ語のパンフレットは、『世界の改革』という題のものである。筆者は、ルター派の神学者で、薔薇十字の理想の熱心な布教者であったヴァレンテイン・アンドレエであろうといわれているが、確証はない。この書物には、『同志会の伝承』という別のパンフレットも収録されており、さらに一年後には、『同志会の告白』という書物も出た。これらの神秘的な三部作は、ヨーロッパの知識階級のあいだに、一大センセーションを捲き起こしたらしい。その後も、たびたび版を重ねた。もの好きな連中は、薔薇十字団の深遠な教義や、その秘密を知ろうと躍起になった。若い哲学者のデカルトなども、友人を介して、ぜひ薔薇十字団に加盟したいという意向を示していたといわれる。


では、いったい、この『世界の改革』をはじめとする三部作には、どんな思想が語られていたのだろうか。まず、クリスチャン・ローゼンクロイツという名の、ドイツの貴族の生涯に関する物語がある。彼は一三七八年に生まれ、一四八四年に死んだことになっているので、じつに百年以上も生きていたわけであるが、三部作の一つ『同志会の伝承』によれば、この伝説的な戒人物こそ、薔薇十字団の遠い始祖だというのである。


引用者注 ローゼンクロイツも最重要人物の一人としてインプットしておいてください。


幼いころ両親に死に別れたローゼンクロイツは、あるドイツの修道院で育てられていたが、十六歳のとき、翻然として知識への欲求に目ざめ、東方旅行に出発した。そうしてモロッコ、エジプト、トルコなどを訪れ、アラビアでは賢者の教えを受けた。その神秘なアラビアの学問は、彼がラテン語に翻訳した『Mの書』という書物のなかに述べられているという。こうしてローゼンクロイツは、東方の聖なる秘密の知識にすっかり精通すると、モロッコから須スペインを通って。ふたたび故郷ドイツに帰ってきた。彼には、世界改革の大使命が残されていたのである。


しかしながら、改革の機はまだ十分に熟していないと判断されたので、彼は、みずから僧院を建て、そこにひきこもって、研究生活に日を送ることになった。少数の忠実な弟子たちが、彼のまわりに集まった。最初のうち、弟子は三人であったが、やがて八人にふえると、次のような同志会の規約がつくられた。


一、 われわれの活動は、もっぱら無報酬で病人を治療することである。
二、 われわれは特別な服装をしない。
三、 われわれは毎年「精霊の家」で会合する。
四、 同志はそれぞれ後継者を選ぶ。
五、 R・Cなる文字が、われわれの唯一の証印であり、紋章である。
六、 同志会は向こう百年間、公然と存在を明らかにしない。


こうして薔薇十字団の活動は、人目につかぬままに、着々と成果をあげはじめた。ローゼンクロイツの僧院である「精霊の家」では、毎年、定期的に同志会の会合がひらかれた。同志のなかには、著述に専念する者もあり、実践活動にたずさわる者もあった。やがて一四八四年、始祖ローゼンクロイツが百六歳で死ぬと、その遺体は「精霊の家」に、こっそり葬られた。墓のある場所は、だれにも分からなかった。


それから百二十年たった一六〇四年に、ようやく、墓が見つかった。ある会員が、埋葬室に通じる隠し戸を偶然に発見したのである。天井に吊るされた「人工の太陽」から、室内に光が降りそそいでいた。その「永遠のランプ」の光に青白く照らし出されて、羊皮紙の聖典を手にしたローゼンクロイツの屍体は、墓のなかで腐敗もせずに、ちゃんと残っていたそうである。隠し戸の上には、ラテン語で、「余は約二十年後にあわわれるであろう」という文字が刻まれていた。(中略)


もちろん、ローゼンクロイツという人物自身が、非実在の寓喩的な人物にすぎないのであるから、その墓も、現実に存在しているわけではない。以上の物語は、薔薇十字団のスポークスマンともいうべきアンドレイの創作した、誌的な神話と考えるのが妥当であろう。


前にも述べたように、薔薇十字団の布教者たちの語る思想には、よかれあしかれ、時代の危機意識を煽り立てるような過激なところがあったので、多くの進歩的な知識人が、この秘密団体の魅力にひきつけられた。たとえば、『同志会の告白』というパンフレットのなかでは、ロオマ法王がはげしい言葉で非難されている。キリスト教を冒涜した法王は「爪でずたずたに引き裂かれるだろう」というのだ。


『薔薇十字団の真実について』という本のなかで、名高いフランスの鬼神論者ガブリエル・ノオデが、次のように言っているのを見られたい。すなわち、「ロオマ法王の玉座を粉砕し得ると高言し、法王はアンチ・クリストなりときめつけ、東洋の権威(マホメット)も西洋の権威(法王)も二つながら認めない」と。


これは、おどろくべきショッキングな思想である。しかし、ロオマ法王庁の政策にあきたらない当時の進歩的は文化人が、このような過激な思想に飛びついたとしても、ふしぎはなかった。デカルトのように入会を希望する者も多かったが、しかし、同志会の本拠がどこにあるかを知る者は、ひとりもいなかった。公然と名のりをあげたといっても、作者不詳の書物が出ただけのことなので、この秘密団体は、相変わらず正体不明の部分を多く残していたのである。


この目に見えぬ日逸団体をめぐって、学者のあいだで、はげしい論争が起ったりもした。強硬な反対論者は、フランスのガブリエル・ノオデで、熱烈な擁護論者は、イギリスのロバート・フラッドである。


引用者注 ロバート・フラッドも重要な人物の一人としてインプットしておいてください。


一六二二年には、パリの主要な街角に、夜間、薔薇十字同志会の署名のあるポスターが貼られた。フランス政府の役人も、これには神経をとがらせたが、結局、その正体をつかむことはできなかったようである。一般民衆は、しかし、この薔薇十字団員なるものを、あたかも異常な能力をもった魔術師でもあるかのように考えて、ひどく恐れていた。不老不死の人間の伝説や、目に見えない人間の伝説などが、しばしば、薔薇十字の名前と結びつけて語られた。


ローゼンクロイツの墓から発見されたという「永遠のランプ」も、よく話題にのぼる。薔薇十字団員は、このふぎしなランプを製作する秘法を知っているのだという。永久に燃えつきない「黄金の油」に芯を浸らせてあるので、このランプは、百年でも二百年でも消えないのだ。(中略)また、薔薇十字団の同志のなかには、「賢者の石」をもっている者もいる、と信じられていた。つまり、卑金属を貴金属に変える錬金術の奥義である。薔薇十字団員と称する人物から金貨をもらったところ、しばらくしてみると銅貨に変わっていた、などという話もある。まだ同団員は目のさめるような大きなサファイアの指輪をはめている、という説もあった。(中略)


引用者注 『錬金術』『賢者の石』『サファイアの指輪』はキーワードとしてインプットしておいてください。


しかし、なによりふしぎなのは、自由自在に姿を消したり、また現れたりすることができるという、彼らの超人的な能力である。薔薇十字の同志たちは、たえず旅行をし、』名前を変えてはあらゆる国に出没し、病人を癒してやったり、遠い地方で起こっている事件を予知したり、いろんな奇跡の能力をみせては、さっと風のように姿を消してしまうのである。旅の途中、こういう奇怪な男に出会ったという話は、無数に残っている。


運動の発展


薔薇十字団の思想の起源は、いうまでもなく、古代オリエントに発するグノーシス主義や、錬金術の伝統のなかにある。始祖ローゼンクロイツが東方の剣じゃから秘儀を授かったという伝説も、このことを裏書きしているといえよう。


引用者注 『錬金術』と『グノーシス主義』との関連が非常に重要であることをインプットしておいてください。『グノーシス主義』は『錬金術』を補完するために捏造されたカルトです。


しかし、薔薇十字団の思想の直接の源流は、なんといっても、あの偉大な放浪の死やパラケルススにあったと考えなければなるあい。その意味で、このルネサンス以後に発展した、宗教改革的な要素を含む思想運動は、きわめてドイツ的は色彩が濃厚なのである。ともあれ、十七世紀の神秘思想家たちに与えたパラケルススの影響は、決定的であった。


引用者注 『パラケルスス』が決定的な役割を果たしていることをインプットしておいてください。『パラケルスス』も『グノーシス主義』と同じく、『錬金術』を補完するために著しく実像とはかけ離れた、ほとんど捏造されたキャラです。


ドイツでは、前に述べたヴァレンテイン・アンドレエをはじめとして、ハインリヒ・クンラート、ミハイル・マイエルなどの著名な団員が輩出した。英国では、この運動の立役者ともいうべきロバート・フラッドが、旺盛な著作活動をした。有名なチェコの教育学者コメニウスも、その地方の有力な団員であったといわれる。


特筆すべきは、ボヘミアのプラーグにあったルドルフ二世の宮廷である。このハプスブルグ家の皇帝は、無類の神秘愛好家であったから、その周囲に、ヨーロッパ中の有名無名の錬金道士や占星術師が群がり集まった。ドイツの薔薇十字団の首領ミハエル・マイエルは、この皇帝の侍医であり、政治上の顧問でもあった。薔薇十字団の運動の発展のために、この皇帝が果たした役割は、無視し得ないほど大きいのである。


薔薇十字団の運動がもっとも大きく発展したのは、意外にも、島国イギリスにおいてであった。それにはパラケルススの思想を同地に移植し、すぐれた神智学の著作をたくさん残した、医者ロバート・フラッドの努力によるところが大であった。のちにフリー・メーソンの組織がイギリスでもっとも早く固められたのも、すでに薔薇十字団の結社が、フラッドの努力によって、この地に根づいていたためである。


引用者注 薔薇十字運動がイギリスのフリーメーソンに浸透したこと、その立役者がロバート・フラッドであったという重大事項をインプットしておいてください。


薔薇十字の象徴


ローゼンクロイツとは、ドイツ語で「薔薇十字」の意味だから、団体の名称は、この創立者の名前に由来しているわけである。けれども、こんな名前の貴族が現実にいたかどうかは疑わしいので、むしろ問題は、薔薇十字の象徴が何を意味するかを知ることでなければなるまい。それについて、以下に述べてみよう。


薔薇のしるしは、中世このから、非常にしばしば用いられてきた。(中略)どうやら薔薇のしるしは、神秘的は東洋から、アラビア哲学とともにヨーロッパに渡ってきたらしいのである。薔薇は、もともとインドやペルシアを原産地とする花であって、正統カトリック教会のきびしい禁欲的世界とは縁のない、芳醇なアレクサンドレイア文化の象徴だった。したがって、薔薇十字とは、東方の秘伝的知識(薔薇)とキリスト教(十字架)との、二つの相異なる要素の結合なのであり、いわば、ふしぎな文化の混血児なのである。


引用者注 薔薇の象徴するものがアレクサンドレイア文化と結びついていること、薔薇十字は当方の秘儀とキリスト教の不思議な混血であることをインプットしておいてください。


薔薇十字団の同志は、黒っぽい十字架の上に、赤い色の薔薇を組み合わせた徽章を付ける。黒っぽい十字架は、犠牲を苦難を象徴し、赤い薔薇は、歓喜と報酬を著す。この薔薇が赤いのは、キリストの神聖な血によって塗られているからである。ロバート・フラッドの意見によると、この象徴は、かつて十字軍の騎士によって、旗印として最初に用いられた。十字は救世主の叡智、完全な知識をあらわし、薔薇は純潔、肉の欲望をうちくだく禁欲をあらわす。さらにまた、それは錬金術的な宇宙創造説をも象徴しているという。


つまり、宇宙の発生、男女の結合をあらわす薔薇は、創造的な闇黒の子宮の象徴なのだ。五枚の花びらを有する薔薇は、五の数を基本とする錬金術上の原理を表現している。偶数は二であり、奇数は三であって、その統一が五である。「賢者の石」が第五元素と呼ばれていたことを思い出してみるがよい。この原則に、さらに男女の結合にも適用される。男は偶数であり、女は奇数であって、その統一はヘルマフロデイトス(男女両性)である。錬金術の奥義書に描かれた挿絵によると、このヘルマフロデイトスは、一方の手にコンパス(偶数)をもち、もう一方の手に直角定規(奇数)をもっている。



引用者注 この部分は世界支配層が創作した究極のカルト教義の要諦です。『錬金術』によるとコンパス=偶数=男性=太陽で、直角定規=奇数=女性=月となります。



『世界を支配する秘密結社フリーメーソン』よりシンボルマーク拝借します。
 



これは太陽と月が照応している状態を現わしています。


これを数字にすると11になります。


つまり世界支配層のシンボルマークなのです。



世界支配層が用いる数字はカバラ数秘術ではなく『錬金術』に則っています。
(カバラ数秘術は引っ掛けです)


世界支配層を象徴する11という数字は、


『錬金術』における最重要アイテムである太陽と月が照応している状態を現わしています。


つまり数字をシンボルとして使っているのです。


11の定義=照応し合う月と太陽のシンボルです。



参照『幸せのパン』の作中絵本『月とマーニー』

https://www.youtube.com/watch?v=rzpEumJg4aQ





五の数の象徴は、さらに錬金術や魔術のサインとして、しばしば利用されるペンタグランマ(五芒星形)にも見出される。コンパスも直角定規も、オエンタグランマも、やがて薔薇十字団からフリー・メーソンへと受け継がれることになった。フリー・メーソンの五芒星の象徴には、まんなかにG(神あるいは生殖を意味する)という文字が記されている。



引用者注 否、神でも生殖でもありません。ずばりゲルマンのGです。




フリーメーソンの中央にゲルマンが浸透していることを現わしています。


スタジオジブリのマークにもGが使われています。


現在公開中の『思い出のマーニー』は、非常に露骨な『錬金術』のプロパガンダ映画です



劇場本予告映像
https://www.youtube.com/watch?v=lO79qkKDUNY>
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『化学の婚姻』


このように、薔薇十字団の思想に性的な象徴がたくさん発見されることは、べつだん驚くにあたらない。すでにたびたび述べたように、グノーシス主義や錬金術の流れをひく秘伝的な思想には、すべて性的は二元論が、その根拠にはたらいているからである。


たとえば、ヴァレンテイン・アンドレエの書いた『化学の婚姻』(一六一六年)という寓意的な小説にも、性的な象徴がやたらに出てくるのである。この小説は、例のローゼンクロイツが主人公となって、七日間にわたり、錬金術のふしぎな国を旅行する物語であるが、その最後に、王(硫黄)と女王(水銀)との神秘的な結婚のシーンが描かれる。


すなわち、王と女王とは、さまざまな苦難にあって、一度は生命を失うが、錬金道士たちの力によって、ふたたび生き返る。つまり、錬金道士たちは、フェニックス(不死鳥)の卵をダイヤモンドで切って、この鳥を誕生させ、この鳥の血で、死んだ王と女王とに生命を取りもどさせるのだ。こうして生き返った彼らは、最初は小人であるが、みるみる奇蹟的に成長し、やがて二人一緒にビロードの敷物にくるまれて、婚姻の床に運ばれる。そうして、うしろにカーテンを垂れた寝台に、二人とも行儀よく並んで寝て、キュピッドに見守られながら、神聖な婚姻を完了するのである。


引用者注 フェニックスは『錬金術』用語としてインプットしておいてください。


この夢のような、童話のようなアンドレエの小説には、不死鳥以外にも、いろんな神話的な動物や、人間や、道具類がたくさん出てきて、魅力的な雰囲気をかもし出している。獅子や、一角獣や、天使や、美しい処女や、妖精などが登場する。これがいずれも錬金術的な象徴なのである。ちなみにペリカンの象徴も、さまざまな中世の「動物誌」以来、よく用いられているが、薔薇十字団は、これを復活させて美しい紋章をつくっている。自分の胸を傷つけて、その血で雛鳥をやしなうペリカンは、救世主の象徴なのである。


引用者注 ペリカンも『錬金術』用語としてインプットしておいてください。


薔薇十字団の子孫


三十年戦争がおわった一六四八年ごろ、薔薇十字団の偉大な長老たちは、その生国である東洋に帰って行ったという噂が伝わった。彼らは、むろん不老不死の人間なのである。現代の神秘学者のなかにも、薔薇十字団創立当時の人間が、いまだにチベットの山奥に隠れ住んでいると固く信じている者があるらしい。たとえば、ルイ十五世の側近で、多くの政治的陰謀にも関与したフラン人のサン・ジェルマン伯爵などは、当時、みずから二千年生きてきたと公言していたが、この怪人物の生存をいまだに信じている人も少なくないのである。


引用者注 チベットは非常に重要な『聖地』としてインプットしておいてください。


八世紀か九世紀ごろに結成されたとおぼしき建築業者たちの同業組合フリー・メーソンが、十七世紀にいたって、ふたたび勢いを盛りかえしたのも、薔薇十字団に属するイギリス人がそこに大ぜい加入したからであった。錬金道士エリアス・アシュモールとか、天文学者ウイリアム・リリーとかは、いずれも薔薇十字の大先輩ロバート・フラッドの弟子であったが、一六四五年、大挙してメーソンに加入し、そこで有力な役割を演ずるようになったのである。彼らは薔薇十字団独特の象徴をメーソンにみちびき入れ、従来の入社式を根本的に変えてしまった。


引用者注 薔薇十字団がフリーメーソンを換骨奪胎してしまった手法こそが世界支配層の本質そのものです。例えば、徳川宗家の獅子身中の虫・落合莞爾が、『紀州文化振興会』なるカルトを率いて徳川宗家を換骨奪胎したやり方は、マンマ世界支配層の手法を踏襲したものです。


なぜ彼らがメーソンに加入したかといえば、避難所を求めたのである。イギリス国教に対して都合のわるい立場にあった当時の薔薇十字団員としては、国王の保護を受けていたいた建築家の組合に自分を登録しておいて、そこで自分たちの思想をひそかに普及させるのが、もっとも安全なやり方だと思われたのである。彼らはフリー・メーソンを表看板として組合の集会堂で自由に会合するようになった。


それまでは単なる建築士や石工の同業組合にすぎなかったメーソンが、にわかに、象徴や暗喩にみちみちた、複座な儀式をもつ入社式団体に変わってしまった。フリー・メーソンの神秘的な性格は、一種の貴族的な存在であった中世の寺院建築業者がこれを創始して以来、連綿とつづいていたものにはちがいないが、それを一段と理論的に発展させたのが、薔薇十字の同志たちだった。



最終定理 世界支配層の本質は『擬態』である。





それは究極のトロイの木馬としての『擬態』すなわちナリスマシです。フリーメーソンは薔薇十字団がナリスマシたものなのです。


卑近な例を挙げればペリマリのナリスマシもいます。ちょっと卑近過ぎるかも知れませんが、過去出没していたそれは、かつての古巣である某巨大掲示板に再度登場したペリマリが暴言を吐いて醜態を晒す、というシナリオを演じるナリスマシです。そのナリスマシとは身内関係にある五月晴郎(チーム中田マカネが共有するHN)がバトルをし、管理人自らこのヤラセの輪の中に入ってリアリテイを醸し出しているところがミソです(某巨大掲示板の管理人は変態ポチ確定とします)。


所詮は中田マカネの力量に見合ったナリスマシでしかなく、ボキャブラリーも貧困で表現力もお粗末ですが、田吾作的愚物であれば騙せる程度の仕上がりにはなっており、今後も横行する可能性が無きにしもあらずですのでご注意ください。申すまでもなく私はこのプラプラ講義に専念していて、それ以外の余力はまったくありません。今後、もしみなさんが他所でペリマリを見かけるようなことがあれば、それはナリスマシだと思って間違いありません。






メーソンの歴史


前章にも述べた通り、薔薇十字団の同志たちが、この建築業者たちの組合に大挙して加入して、だんだんと有力な役割をそこで演ずるようになり、薔薇十字団の錬金術的な象徴をメーソン内に導き入れ、ついに、在来の同業者組合の入社式の性格を、根本的に変えてしまったのである。


かつては徒弟、職人、親方という三階級しかなく、しかも徒弟や親方には、入社の儀式はまったく必要とされていなかったのに、新しく制定された儀礼は、これらすべてに入社の儀式を定めたばかりか、親方よりもさらに上位に、今までにない複雑な高い階級をも追加することになった。いわゆる「古式公認スコッチ儀礼」によれば徒弟から独裁最高総監まで、全部で三十三階級の位階が細々と制定されている。


まずイギリスで体系を整えたフリー・メーソンは、一七三〇年ごろ、フランスに輸入され、たちまち大発展をとげるにいたった。当時のフランスでは、立憲政治の国イギリスから渡ってくるものは、すべて進歩的で善いものだとされており、フリー・メーソンの思想もまた、人道主義や平等の理想に適うものだと判断されたのである。


メーソンはとくに進歩的な貴族のうちに多くの信奉者を見出したが、ブルジョワ階級のなかにも、かなりの数の追随者を見出していた。メーソンのロッジ(集会所)で、伯爵と労働者がともに白いエプロンをつけて同席し、同じ賛歌を歌い、同じ思想を表明するのを見て、彼らは歓喜に酔ったのである。フランス革命前夜の政情は、メーソンの会員数をふやすのに格好な地盤であった。


「古式公認儀礼」を制定したスコッチ・メーソンのほかに、一七七三年には、「フランス大東社」と呼ばれる有力な分派がフランスに設立された。「フランス式儀礼」には七つの位階がある。さらに十九世紀になると、新しい複雑な儀礼が各地で次々に誕生した。たとえば「ヨークの儀礼」には三十位階があり、「ミスライムの儀礼」には九十位階がある。これらは法典化されて、現在に至るまで、ほとんど変わっていない。(メーソンの分派や位階組織については、白水社クセジュ版『秘密結社』S・ユタン著を参照されたい。)


一九二九年に、フランス大東社は次のような声明を出した。「フリー・メーソンはフランス民主主義の中枢となるであろう」と。


ところで、フランス革命の際に果たしたメーソンの役割を重く見て、ここに陰謀の存在を嗅ぎつけようとする論者がいる。十八世紀の末に、西ヨーロッパで、メーソンが飛躍的な発展をとげたという事実は、なによりも、このことを証明するものではなかろうか―。


フリー・メーソン会員の中から、誘われてバヴァリア幻想教団(これは純然たる政治結社)に加盟した者も大勢いたようであるが、両者のあいだには、明らかに越えがたい一線があったのである。


不幸にして、革命の火はとどまるところを知らなかった。一七八九年以前に、メーソン内で有力な役割を演じていた自由主義的貴族や、富裕なブルジョワは、革命の初期の成果に驚喜したが、やがて不安に襲われはじめる。事態の推移は、もう彼らの手に負えない。こうして一七九三年の恐怖時代を迎えると、オルレアン公をはじめとして、かつては王朝打倒に挺身した多くのメーソン会員が、ギロチンによって処刑されることになる。


要するに、彼らの運動は、他人のお先棒をかついだにすぎなかったのである。陰謀などとは、言えた義理ではなかった。これと同じ悲喜劇が、ロシアのメーソンのあいだでも起こった。リヴォフ公爵とケレンスキーの黒幕となって、彼らは一九一七年の革命を指導する。やがて十月革命になると、彼らはレーニンによって簡単に追っぱわられてしまう。(以上抜粋)




定理 世界支配層の萌芽はフランス革命を示唆したドイツ人の呪術集団に端を発する。





















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