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三島事件検証1 邪教のルーツ

定理  ポチは『団子三兄弟』(串刺しにされた不変の序列)で使役される




NHKお母さんと一緒 『団子三兄弟』
http://v.youku.com/v_show/id_XMTUwOTM3ODA4.html?from=y1.2-1-100.3.7-2.1-1-1-6-0





『三島由紀夫』の『団子三兄弟』の内訳


長男  平岡公威(表の顔)

次男  原稿の執筆者(序列の№1)

三男  世界支配層原案の翻訳者(陰の功労者)


但し『三島由紀夫』は複数の『団子三兄弟』から成る別格である。


序列のトップたる執筆者も複数の執筆者群から成り、陰の功労者たる三男はドイツ人もしくはドイツ語が堪能な人物が複数いて翻訳を担当しているであろう。 平岡公威の処女作『花ざかりの森』および初期の習作には、幼少期の特殊な養育(祖母なつが行ったそれではない)に由来するであろう客観性の病ともいうべきものの痕跡が見て取れる。この人物が『三島由紀夫』として書けるのはせいぜいが簡単なエッセイぐらいだと思う。全体としては5%ぐらいか。





表の顔を務める平岡公威のお仕事はメデイアへの露出とホテルで完成原稿を清書することである  
三島由紀夫全集 新潮社



さて標題の邪教に話を移そう。


実は平岡公威はすでに学生時代に日月神示のヤラセの現場を目撃している。 以下、安藤武『三島由紀夫「日録」』未知谷刊より当時の経緯を抜粋しながら追ってみることにしよう。



戦争末期の昭和二十年五月、 同年輩の学徒兵たちが特攻を命じられ、 連日沖縄の空へ飛び立っていた頃、 平岡公威青年は神奈川県下の海軍工廠で「暇さえあれば六法全書を枕に昼寝をしていた」。


年明けの一月十日に学徒動員され 、群馬県新田郡太田町の矢島寮で事務職に就いていたからである。 合間に『中世』を執筆していたが、 二月四日に召集令状が来たため、 父・梓(あずさ)と本籍地の兵庫県富合村へ出立する。 田舎の壮健な若者たちに混じって入隊検査を受けさせ、 見劣りして不合格になる可能性を当て込んだ作戦であったという。


 「高岡廠舎で入隊検査。軍医が『この中で肺の既往症がある者は手を挙げろ』といた。三島はサッと手を挙げた。生来の青白い顔に、痩せた細い体に高熱をともなう風邪を引いていた為、軍医の診断は『ラッセルがひどく、結核の三期と思う』肺浸潤(軍隊用語は胸膜炎)の診断を受け、『不合格』。即日帰郷。」 


この辺りのやり取りは脚本かも知れない。 初めから徴兵忌避は確定事項であったから、 実際に行ったかどうかも保証の限りではない。 現地に行かなくても関係者が口裏を合わせれば済むのである。 三月九日 東京大空襲。 五月五日 江の島線沿線にある海軍工廠に学徒動員。 東大法学部第一中隊の一員として勤労奉仕に就いた。 そして冒頭に述べたように平岡公威青年はそこで知り合った学生に連れられて、 『日月神示』の舞台裏の一部始終を目撃するのである。



  「戦争末期のT大学の法学部は神奈川県下のある海軍工廠へ動員された。木の香だけは新しい二階建てのバラックが学生たちの宿舎であった。 私は軍隊毛布を窓へかけて西日をさせぎり、暇さえあれば六法全書を枕に昼寝をしていた。六法全書はコリコリと固くて、昼寝の枕にもっとも適当であった。 空襲警報で待避するとき、私が一番逃げ足のはやいことも知れわたっていた。 尤も戦争末期には、命惜しげに振る舞うのが、(私は本当に惜しいのだが)却って一種のインテリ的ヒロイズムみたいなものになっていて、私がそれをやっていると思われるのは心外だった。

 そのころ一人の学生が珍重している奇怪な写本の噂が伝わっていた。その学生Sは,実業家の父親をその春南方へゆく船が撃沈されて失うと間もなく、母親を神戸の空襲で家もろとも亡くしてしまった不幸な人だった。四十九日も明けぬ不幸にめげず、彼が明るい顔をしているのは、父母が信じていたある新興宗教に帰依しているからだと言われた。

  Sの部屋へある夜ぶらりと訪ねてゆくと、私ともSとも同級の学生たちが四、五人思い思いの恰好をして、Sから写本の説明をきいているところであった。それは教祖が深夜祈祷のあげく神がかり状態になり、自動筆記した墨書の原本だという。 和綴じの鳥の子の帳面に、一字もよめない雲のような字体がうねっていた。 これはみな数であらわしてあるのだとSはいう。十はとであり、九はくである。そう思ってよむとよめそうに思われた。

 その新興宗教は大本教系統らしき神の示現によってひらかれ、「よいむなや、こともちらろね、しきる」何とかかんとかといういろは歌を呪文に用いていた。 週に一ぺんは神社の予言があり、それがこの秘密の写本なのだ、とSは特高を憚って皆の口を封じたすえ、『北が光るぞ、北に気をつけよ、猫のあとに犬が来るぞよ』などという荒唐無稽な予言を、うすぐらい管制用電球の下で読みあげはじめた。

 荒唐無稽と言ってしまえばおしまいで、奇妙に親しげな卑俗な文体のその予言は、気持ちの中へぬるぬると這い込んできて追い出すことができない。 また今晩も東京の空が真夜の夕映えのように不吉な赤さに染まり、近くにあるべき米国軍の敵前上陸もここから程遠からぬ相模湾を狙うにちがいないなどと思うと、私たちは顔を見合わせて微笑するが、誰一人この予言に心をゆすられていないのはなさそうである。たとえばこう思うそばからその予言は『白き人、中つ国にあらわるるぞ。白き人というは別のことではないぞよ』などと故意か偶然かおあつらえむきにつづくのである。

 その二三日のち教祖のところで祭典がひらかれるから列席しないかとのSの誘いに、物好きについて行ったのは私と高等学校時代資本論を読破したというNと詩人肌のKと将来法律学者になるつもりのOの四人であった。 教祖は日本画家の由で、小田急線のあまり人の下りない駅のすぐ裏手に、なかなかハイカラな洋館に住んでいた。

  Sは勝手知ったる様子で奥のほうで何やら相談に加わっていたが、そこへひからびた小男が入って来て挨拶した。教祖であった。 松葉を巻いた手巻煙草をすすめられたが、四人とも一トのみして咳がとまらなくなった妖しい煙草を、教祖は平然と吸っているので、きっとどこかしらえらい男であろうと思われた。 家中人の出入がはげしく、信者たちが常人とかわらぬ時候の挨拶をして大声にわらっているのが却って異様なものにきこえた。

 その日は初夏のきわめてよい日和で、祭典はうしろの山の中腹で天日の下にひらかれるのだと私たちは告げられた。その前にみそぎが要求されたが、私は頭にタラタラと水をふりかけて済ました。唯物論者Nは褌一本になって大童であった。 山の中腹はきれいに切り拓かれてところどころにひょろ長い松が残されていた。子供の砂あそびを拡大したように、富士を中心に七つの山と七つの湖が土で象られ築かれたおりその一つ一つに七五三縄が巻いてあった。富士山の前にだけ鳥居があり、榊の代わりにすべて松が用いられた。

  列席者はもっとも熱心な信者である赤ら顔の退役中佐や、蒼白でしじゅうぶるぶるふるえている神経病の青年や、霊媒の役をつとめるモンペ姿の大佐未亡人など信者二十数人と私たちとである。 未亡人は目をつぶって何か呟き出した。ややあってがくりと崩れ折れた末我にかえると、彼女は信者のほうをふり向いて、『只今、いよいよ煎豆に花が咲くぞよとお告げがございました』と感激的な口調で言った。信者は一せいにお辞儀をし神経症の青年はそれをきくなりテンカンを起こしたのか倒れかかって信者に援け起こされた。

 この明るい初夏の空の下に行われた神託が何故か落花生を連想させたので私は腹が空いているのを感じた。それが恐怖を忘れさせた。恐怖は忘れた代わりに、人間が一体何のために何をやっているのか、その時から私にはよくわからなかった‐一九四八、四、一‐」  
(三島由紀夫『邪教』サンデー毎日 昭和23年4月18日)




 『日本画家の教祖』とは岡本天明その人である。 大本時代には出口王仁三郎の寵児にしてゴーストライターだった岡本天明は、 天性の霊媒体質をさらに練磨して神憑りになりやすくしていたという。



『神憑り』の特訓をしていた岡本天明

中矢伸一『出口王仁三郎 大本裏神業の真相』KKベストセラーズ







 
5次元文庫のロゴは変容したヘルメスそのものである。






『変容』したヘルメス=両性具有のメルクーリウス

ユング『心理学と錬金術Ⅱ』人文書院




出口王仁三郎は化粧をしたり鬘を被ったり、さまざまなコスプレをして見せているが、この御仁が『変性女子』を騙るのは『変容』したヘルメスすなわち両性具有のメルクーリウスの寓意である。



両性具有のメルクーリウスの『象徴化』






堀川辰吉郎は紅卍会との連携強化を出口王仁三郎に要請する。 大陸に渡った王仁三郎は「神軍」を率いてモンゴル奥地へ進撃し、 ダライ・ラマ、ジンギスカンの再来を名乗る。超法規的特権階級が後見ついているので、官憲による大本弾圧でも王仁三郎本人は拷問を受けることはない。


後年、『三島由紀夫』が著した『英霊の聲』に出てくる帰神法は、この日月神示の目撃体験が下地にある。 また三島事件の眼目である『占領憲法改正』は、平岡公威の祖母なつが晩年信者になった生長の家の教祖・谷口雅春と気脈を通じて提唱されたものであるが、谷口雅春もまた大本の信者出身で「出口王仁三郎の云うことなら何でも聞いた」と言われている。


世界救世教の岡田茂吉も大本出身、大本と同じく陰の総帥は堀川辰吉郎である。後述するが石原慎太郎は三島事件の中枢にいて狂言回しの一人を務めている。その 石原慎太郎の両親(殊に母親)が世界救世主教の熱心な信者であり、慎太郎の妻の典子の母親も逗子支部長を務めている。佐野眞一(やはり『団子三兄弟』として使役される同類項である)は『てっぺん野郎 本人も知らなかった石原慎太郎』の中でカルトが取り持つ縁で結ばれた石原一家を『浄霊ファミリー』と呼んでいる。





カルトの日本総帥 堀川辰吉郎
 
中矢伸一『日本を動かした大霊脈』徳間書店






  熱海MOAの傍らにあるヴィンテージ熱海・桃山はバットマンの『象徴化』だろうか
https://www.google.co.jp/maps/place/%EF%BC%88%E5%AE%97%E6%95%99%E6%B3%95%E4%BA%BA%EF%BC%89%E4%B8%96%E7%95%8C%E6%95%91%E4%B8%96%E6%95%99%E3%81%84%E3%81%A5%E3%81%AE%E3%82%81%E6%95%99%E5%9B%A3/@35.1083084,139.0818582,96m/data=!3m1!1e3!4m2!3m1!1s0x6019be7c21da2fff:0x6b8e18b0b5a52bae!6m1!1e1
(子宮を持つバットマンはバフォメットの『象徴化』か)




堀川辰吉老は世界支配層の支配システムの『雛形』を体現する人物である。 白洲次郎とともに『三島事件』の背景に遠望することができる。









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