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カルト言論犯罪集団3 鬼塚英昭と中田安彦による共謀プロパガンダ


学問道場の元会員の方からコメントを頂き、私も自分なりにオトシマエをつけなければと改めて思いました。今まで私が勝手に私淑し、阿修羅掲示板にもここのブログにも貼り付けていた、
鬼塚英昭について検証します。叩き台としては、中田安彦による鬼塚英昭の最新著書『日本の本当の黒幕』成甲書房刊の書評を取り上げます。思えば阿修羅カルト掲示板で記事投稿していた頃から、いつも中田君は「通りすがりのライトな陰謀論の一読者」として私にコメントを寄せてくれていました。今回はいつもこのブログを読んでくれている中田安彦君に、私から直接問いかけるような気持ちで書かせていただきます。


それにつけても中田君は、鬼塚英昭とはデヴュー作『天皇のロザリオ』の頃からのお付き合いですね。『天皇のロザリオ』の上巻には太田龍の、下巻には中田君の絶賛の言葉が寄せられています。太田龍「日本人が知らない日本最大の危機、秘められた戦後史のベールが剥がされた」中田安彦「本書を推す!宗教と政治、権力闘争の壮絶ドラマ、まさに日本版『ダ・ヴィンチ・コード』だ」しかしその後、太田龍は鬼塚英昭を『イルミナテイの走狗』呼ばわり、鬼塚英昭は出版パーテイーで会った中田君に、「そのために本が売れなくて困ってるんですよ~」と弱っていたとか。副島隆彦も太田龍にイルミナテイの走狗呼ばわりされていた折でもあり、事情通の中田君に苦衷を訴えてみたというところでしょうか。


かつて私は、中田君が副島隆彦と共著で世界権力者図鑑を出版した時に、鬼塚英昭の『20世紀のファウスト』からパクっていると非難したことがあります。しかしそれは私の認識不足でした。中田君と鬼塚英昭は同じ言論犯罪集団の陣営に属するトモダチで、共通の資料を使っているだけなのだということに漸く気が付きました。で今回の鬼塚英昭の最新著書を読んで、それは私の中では決定事項になっています。鬼塚英昭は資料を網羅している訳でも、網羅した資料を丹念に読んで検証している訳でも、全然ない、ということを明々白日のもとに晒しているのが、『日本の本当の黒幕』だと思います。



鬼塚英昭は市場にデヴューする前に、『20世紀のファウスト』を自費出版したことになっていますが、私は今ではそれも作り話だと思うようになりました。鬼塚英昭という人物は、与えられた資料を元にしてプロパガンダを書いている言論犯罪者だと。もちろん中田君と同じ確信犯であることは言うまでもありません。では中田君による鬼塚英昭の最新著書の書評を見ていきましょう。同じ穴のムジナ同志、相身互いという感じがよく出ていると思います。




※2016年11月12日 訂正
鬼塚英昭について正確さを欠いた表現があったことをお詫びします。
正しくは鬼塚英昭を構成する団子三兄弟の次男が『20世紀のファウスト』を書いています。
これは書いてはならないことを書いた名著の中の名著です。罵倒してすみません。
鬼塚英昭には初代の次男と次代の次男がいます。『ファウスト』を書いたのは初代の次男です。
初代の次男はものすごく頭が切れて、且つ、書いてはいけないことをリークしています。
その反対に次代の次男はものすごいボケで、初代とはとうてい同一人物ではあり得ません。
このしょうもない『日本の本当の黒幕』を書いたのは次代のボケの方です。
つまり初代の次男は抹殺された。『ファウスト』にはそれくらいの価値があるということです。
鬼塚英昭と徳川慶勝についてはいずれ別項を設けて間違いをお詫びします。





副島隆彦の学問道場より以下抜粋。




「1399」鬼塚英昭(おにづかひであき)氏の『日本の本当の黒幕』(下)を読む。戦前の日本政治の闇を象徴する田中光顕(たなかみつあき)という怪物を知る。それは現在の日本政治を支配するヤクザたちを知ることでもある。2013年9月1日



 
 副島隆彦を囲む会の中田安彦(アルルの男・ヒロシ)です。今日は2013年9月1日です。
 以下に、鬼塚英昭という人の『日本の本当の黒幕』という本の感想を書く。実は、この本を読んだのは、ちょうどお盆の夏休みの最中に岩手の岩泉町というところに農業体験実習に行った時に、同行していた会社社長から「この本は面白い」と言われたからである。その時に渡されたのは「下巻」だけだったので、私はまず最初に「上巻」ではなく、「下巻」から読んだ。結果的に、上巻をまず最初に読まなくてよかった。上巻は幕末維新編であり、後半がほんとうに重要なところだからだ。







引用者注
中田君が上巻を読まないで済ませるための口実だったとしたら言わずもがなですが、
上巻から読もうと下巻から読もうと大した変りはないと思いますよ。
『日本の本当の黒幕は田中光顕である』というガセネタをいかにもっともらしく見せるか―
本書の眼目はそれだけです。
鬼塚英昭はそれだけに心を砕いているようです。
しかし本書は余りにも安易なシモネタが目立ちますね。





(中田君による書評の続き)
 鬼塚英昭(おにづかひであき)氏といえば、通説の歴史叙述に常に挑戦する市井の歴史作家で、私も彼の『天皇のロザリオ』は高く評価する一冊だ。鬼塚氏は私家版で『海の門 別府劇場哀愁編』と『石井一郎の生涯 別府劇場任侠編』という二冊の本も書いている。いろいろな本を出しているのだが、ここのところはあまり読んでいなかった。ひょんなことで知り合いの会社社長から勧められたことで読むことになった。結論を言えば、非常に有意義な本だった。






引用者注
『天皇のロザリオ』は、中田君が軽侮する陰謀論ものの典型ですよ。
天皇のキリスト教化を天皇のフリーメーソン化にちょっとスライドさせてみてください。
中田君のウリであるジャパンハンドラーズもグローバルエリートも、
言葉の詐術の違いがあるだけで言っていることは陰謀論者と選ぶところはありません。






(中田君による書評の続き)
 この本は、鬼塚英昭氏が図書館や地方の資料館を歩きまわることで探しだした文献と、鬼塚氏の推論によって描き出された、江戸末期(1843年)から昭和時代(1939年)まで生きた、田中光顕(たなかみつあき)という人物を中心に据えて描いた、明治から昭和時代の日本の政治史である。私は田中光顕という人物の名前はこの本で初めて知った。一般的には、田中は土佐(高知県)の出身の維新の志士で、坂本龍馬が作った陸援隊の一員として有名であるようだ。ただ、1939年に95歳(97歳)になるまで生きて、大日本帝国の政治の中の重要な位置をしめていたことはあまり知られていない。





引用者注
私見では田中光顕は、
『明治維新』というヤラセの隙間産業に入り込んだ小心者の小物です。
「日本の本当の黒幕」に終生の忠誠を誓い、
汚れ仕事や雑用を厭わなかったので長生きできたんでしょう。
理想を捨て切れなかった大物は暗殺されています。







(中田君による書評の続き)
 田中光顕という人は、明治政府では1898年2月9日から1909年6月16日まで11年にわたって、宮内大臣の職についており、これが公式的な権力の頂点であるようだ。伊藤博文首相の元では今の官房長官に相当する内閣書記官長や警視総監も務めているが、11年にわたって宮内大臣を務めていた点が重要である。そのことは鬼塚氏がこの本の中で、田中光顕と宮中という視点で多くのページを割いていることからもわかる。





引用者注
田中光顕は宮内大臣として天皇のお目付け役を果たす一方で、
『日本の本当の黒幕』と東京皇室とを繋ぐための、
メッセンジャー爺だったと思います。






(中田君による書評の続き)
 まず、この本の目次を以下に示そう。
[上巻目次]
第一章:二流の志士から日本の黒幕へ
第二章:坂本龍馬はなぜ暗殺されたのか
第三章:孝明天皇・睦仁親王暗殺説の謎を追う
第四章:明治維新の闇を見よ
第五章:山賊・海賊は国を奪うの大盗よりも軽し
第六章:明治という時代を支え続けた田中光顕
第七章:伊東博文暗殺事件

[下巻目次]
第八章:田中光顕、宮内大臣を罷免される
第九章:三菱という巨大財閥と田中光顕
第十章:大正天皇と貞明皇后、そして田中光顕
第十一章:大正天皇・悲劇の演出者たち
第十二章:昭和宮中某重大事件の謎を追う
第十三章:すべての暗殺事件は八百長である
第十四章:かくも日本の闇は深い




 繰り返しになるが、私がじっくりと読んだのは下巻のみであり、上巻は下巻に書かれた内容の確認程度に参照しただけである。上巻では坂本龍馬の暗殺についての記述が色々と書かれている。しかし、私がこの本が重要だと思うのは、一般には維新の志士という認識しか持たれなかった田中光顕という人物が、実は宮中の秘密を握ったり、皇室の結婚ごとに口を出したり、挙句の果てには、昭和維新を断行しようとした、5.15事件や2.26事件の容疑者を弁護したり、実行犯の井上日召との直接的な交友があったり、大陸進出を指導した右翼の大物であった頭山満や内田良平とつながっていたりするところだ。だから、上巻の明治初期までの記述はあえて重要視しない。興味のある人は各自で読んで下さい。









引用者注
中田君は「上巻は下巻に書かれた内容の確認程度に参照した」そうですが、
下巻の索引として上巻を参照するという内容になっているとは私はまったく思いません。


また中田君が重要だと思ったポイントについて、
上巻の『明治維新』のカラクリを抜きにして語る理由がサッパリ分かりません。
なぜなら中田君が自著『日本再占領』で検証している『明治維新』と、
鬼塚英昭のそれとは文字通り天と地ほども違うからです。


『明治維新』から今日に至る天皇制下の弊害は、
中田君が指摘する通り最大の急所だと思いますよ。なぜ言及しないのですか。

中田君の『日本再占領』で展開している持論は、
大化の改新から明治維新を経て民主党政権交代まで連続線で出来ている、
すべては天皇制下における官僚の弊害によるものである、
という究極の極論、平たく言えばトンデモです。






中田安彦『日本再占領』成甲書房より

 ウオルフレンはその陰謀の共同謀議に参加していた一人として、明治の元老山縣有朋の名前を挙げt下いる。しかし、私がこれまで見てきたように、それではあまりに時代が新しすぎるのである。日本を骨がらみ縛り付けているこの官僚制度=律令制度の誕生は、明治維新ではなく、大化の改新の時なのである。

 それを裏付けるように、山縣は若いころに次のような文章を長州藩主に提出している。『中大兄皇子は中臣鎌足と謀議し、入鹿暗殺を決行されました。この故事にならい、奸賊・一橋(徳川慶喜)を殺戮し、朝廷の鴻基を立てようではありませんか』(『日本を不幸にした藤原一族の正体』関裕二、PHP文庫)

 つまり、陰謀の画策者とウオルフレンが指摘する山縣本人が、中臣鎌足(不比等の父)にその陰謀の源流を見ているのである。明治維新が1868年、大化の改新が645年である。実に1223年まえの出来事だ。律令を不比等がつくってから維新の年までで1167年。『日本書紀』が書かれた時代まで遡らなければならない。

 だから、これで民主党への政権交代がわずか一年で大混乱に陥っている理由がわかっただろう。律令官僚はわずか十数年の歴史しか無い民主党よりも、1167年続いている律令制度の護持を図ろうとするのである。それが彼らの自己防衛本堂だ。

 少なくとも日本に”革命”を起こすには、その間のレイ医師の時間差を埋めなければならない。それは一度や二度の政権交代で果たせるものではなく、50年から100年はかかる大事業かもしれない。







引用者注
前回の記事で引用した中田君の”コンセンサス”についての文章もそうですが、
中田君がこういう支離滅裂なウワゴトのようなことを書いて、
自らの論理破綻を自覚できないほど、つまり副島隆彦ほど重症だとは私は思いません。
どうしてこんなことをずっと続けているのか、その動機について疑義を挟まざるを得ません。



これは私の買い被りが過ぎました。六城雅敦の知能はせいぜい中の中ぐらいです。
自分で思考して本を書いている訳ではないので、論理破綻を自覚することもありません。
六城雅敦は五月晴郎のHNでせっせと中田安彦や副島隆彦の記事を貼りつけているのですが、
そういうことをするのは学問道場の関係者だからではないのか?という追究に対しては、
「副島隆彦個人には興味はないが、副島隆彦の思考の枠組みには興味がある」
と煙に巻くのが常套手段になっています。
既述したように中田安彦の本体は六城雅敦です。
副島隆彦の重たい掲示板もメールも囲む会の連中が書いています。
六城雅敦はその第一人者です。
つまり副島隆彦の思考の枠組み=六城雅敦の思考の枠組みのことなんです。






(中田君による書評の続き)
 重要なのは明治天皇(それが果たして本当に睦仁親王であるかはともかくとして)にきわめて親しい関係にあったのが田中光顕であり、宮内大臣であった時、元老以外は田中を通さなければ天皇に謁見できなかったということである。明治の立憲君主制下では天皇という「玉」(ぎょく)にいかに近づいて、それをコントロールするかというところに元老の権力の源泉がある。田中は元老には含まれていないが、宮内大臣まで務めたのだから元老候補だろう。山縣、伊藤博文、西園寺公望、牧野伸顕(大久保利通の息子)らと同様に、宮中から追い出されなければ、元老になりおおせたはずの人物である。






引用者注
この程度の職権乱用なら、木戸幸一もやっていますよ。
田中光顕同様、木戸も汚れ仕事専門の小物です。
入念に編集した日記、偵察・情報収拾、脅しや暗殺にも関与しています。







(中田君による書評の続き)
 田中光顕が宮中から追い出されて野に下る、つまり宮内大臣を追い出したのは伊藤博文であると鬼塚氏は書いている。しかし、鬼塚氏は田中光顕の辞職の理由を明確に書いていない。収賄が理由だとも、醜聞が理由だとも言われている。醜聞というのは、当時65歳の田中と19歳の町娘との縁談が「宮内相の醜聞」と新聞に書き立てられたことである。この縁談は周囲からの反対もあって破談となり、宮内大臣も辞任したという。(http://app.f.m-cocolog.jp/t/typecast/114668/111590/49155097)







引用者注
つまり、こんなことで足元をすくわれる程度の小物ということですね。
鬼塚英昭も「田中光顕は山縣有朋の三太夫」とつい書いてしまっています。
それを『日本の本当の黒幕』に仕立てるべく苦心惨憺しているようですが。






(中田君による書評の続き)
 また、収賄というのは、鬼塚氏が詳しく書いている。それは、「西本願寺の別荘を田中光顕が大谷光瑞の依頼を受けて宮内省に買わせた事件」に関わるものである。地価十万円のものを二十六万円で宮内省に買い上げさせたという事件らしい。この疑惑を元老の伊藤博文が知り、田中光顕を宮内省から追いだそうとする。その過程で伊藤博文は暗殺されている。鬼塚氏はこの伊藤博文暗殺についても詳しく書いているが、真偽を確かめようがない記述が多いので触れない。(第8章:田中光顕、宮内大臣を罷免される)






引用者注
中田君、「真偽を確かめようがない記述が多いので触れない」という理由で避ける一方では、
伊藤博文の暗殺という重要な案件を田中光顕の収賄疑惑に矮小化するような表現をしていますね。
ここは鬼塚英昭でさえ、田中光顕の辞任と伊藤博文の韓国総統辞任はセットであること、
韓国併合に関する問題が紛糾していたことが原因である旨を書いていますよ。







(中田君による書評の続き)
鬼塚氏は、明治末期の宮中を「玉」をめぐる元老の3すくみの権力闘争として見ている。1つ目の勢力が暗殺される伊藤博文の勢力であり、2つ目の勢力が、山縣有朋、桂太郎、田中光顕の勢力であり、3つ目の勢力が西園寺公望(と原敬)の勢力だとみている。田中光顕は山縣有朋の勢力であった。ところが、元老の山縣は昭和天皇が皇太子時代の后候補の選定をめぐる、「宮中某重大事件」(1921年)で失脚することになる。この時、山縣を外から攻撃していたのが田中光顕と親しかった頭山満である。また、西園寺系の政友会の政治家・原敬も田中光顕を毛嫌いしていた。鬼塚氏は、宮内大臣をめぐる権力闘争は、機密費というカネを巡る争いであると分析している。






引用者注
中田君も気が付いたと思うけど、鬼塚英昭の本書の際立つ特徴の一つは、
誹謗中傷プロパガンダのほとんどすべてを金と女に還元していることです。
私は本書を読んで、鬼塚英昭が226年将校が金と女で動かされたと書いているのは、
マジで書いていた、と思うようになりました。


また私見では、宮中某重大事件で山縣有朋が失脚したというのは逆で、
山縣有朋を失脚させるために宮中某重大事件をデッチ上げた、というべきだと思います。
そして鬼塚英昭も書いているように、
山縣有朋を葬り去るべく登場するのが怪文書の天才北一輝なのです。


鬼塚英昭は宮中某重大事件とは、昭和天皇の初恋をかなえてあげた頭山満が宮中の賓客となった、ヤクザが日本を支配するターニング・ポイントとなった事件である、と結論づけていますが、
当事者である久邇宮自身が、
「本来なら華燭の典に賓客として招待すべきは北一輝であるけれども、
諸般の事情から頭山満を招いたので了承されたい」
と北一輝に詫びを入れています。頭山満と北一輝では格が違うのです。


私見では、山縣有朋が良子との婚姻に反対したのは、
色盲の遺伝子のせいではなく、朝彦王に連なる久邇宮の血統が理由で、
おそらく朝彦王なる人物が朝鮮の血統の人だからだと思います。


また宮内大臣をめぐる権力闘争は、機密費というカネを巡る争いである、
明治末期の宮中は「玉」をめぐる元老の三すくみの権力闘争である、
と鬼塚英昭は見ているようですが、
このことからも鬼塚英昭がデーヴィッド・バーガミニの『天皇の陰謀』を再々引用しながら、
精読していないことが分かります。


西園寺公望は権力闘争には参加していません。
むしろ権力闘争から極力離れて、理想を捨てずに抵抗し続けた挙句、
日米戦争というヤラセの戦争の開戦前夜に亡くなっています。
私見では暗殺されていると思います。山縣有朋もまた病死ではないと思います。






(中田君による書評の続き)
 田中光顕は、宮内大臣時代に「西本願寺の別荘買い上げ」をめぐる収賄事件で失脚するが、ボスの山縣が権力を持っているために、明治天皇の事績を研究する史料編纂委員会の顧問や、臨時帝室編集局総裁になっている。鬼塚氏は原敬日記を引用しながら、西本願寺事件の中心人物の田中光顕元宮内大臣が、明治天皇の事績を編集する責任者にするのはけしからんという声が、華族会からあったことを指摘している。(『原敬日記』1919年1月8日付けなどに記述あり)






引用者注
中田君、『明治維新』の本質が君の言うような、律令時代から連綿と続く、
天皇制下の官僚の弊害の連続線によるものでないことは、
『華族会』が持つ権力にその『生態』が『如実』です。
財閥よりも軍閥よりも情報通なんです。田中光顕は所詮彼らの小間使いのようなものです。
宮内大臣が権力を持っているなどというのは幻想です。だって天皇自身が傀儡なんですから。






(中田君による書評の続き)
 全生涯を通じての田中光顕についてのまともな評伝は今まで無かったが、鬼塚氏は、田中という人物は、三菱財閥や頭山満などの右翼の大物とも接点を持っていると書く。

 そして、山縣有朋(やまがたありとも)の推薦で宮内大臣まで努めた実力者であるのに、昭和初期ののテロ活動を実行した実行犯とも直接的な接点を持っているともいう。

 宮内大臣をしたほどの男が「ヤクザ」とつながっていたということになる。鬼塚氏は、この「日本がヤクザが支配する国家になった」という事実が、あの悲惨な大戦に結びついたのではないか、と疑問を投げかけている。田中光顕は、1941年の日米開戦の2年前に死去している。昭和初期の黒幕はその最後の結末を見ないで死んでいった、ということになる。






引用者注
中田君、「日本がヤクザが支配する国家になった」って本気で信じているんですか。
日本を支配しているのは、頭山満に治外法権を与えた人物です。ヤクザは使われているだけ。
マフィアだってCIAに使い捨てされているでしょうが。


くり返しますが、もし本当に鬼塚英昭がバーガミニを精読しているのであれば、
『スパイ期間の老蜘蛛』田中光顕が大洗に常陽明治記念館という名のスパイセンターを作り、
大川周明とともに5・15の準備を画策していたこと、
頭山満はバイプレーヤーに過ぎないことが諒解できたはずです。


鬼塚英昭は書物に囲まれたポートレートを著者紹介の欄に載せていますが、
与えられた資料を使っているだけだと思いますよ。
金と女のテーマは自分なりに掘り下げているようですけど。


訂正 表に出ている鬼塚英昭は本を書いていません。
貧乏のどん底を這いずり回ってきた、というのもウソですね。
先だって物故した鬼塚英昭は満州王族です。
おそらく他殺だと思いますが、
しかし重要なリークをしたからではないことは確かです。






(中田君による書評の続き)
 鬼塚氏は宮内大臣を辞めた後の田中光顕が、右翼の大物の頭山満とも近くなったことを本書の至る所で述べている。村本の記述を引いて、田中光顕が同郷の岩崎弥太郎が設立した三菱から年金をもらうほどの関係になっていることを考えると重要な話である。鬼塚氏は三菱財閥の炭鉱経営と頭山満につながりがあり、三菱財閥の大陸進出は、頭山満の様なヤクザ・任侠によって人足を管理してもらうことで成り立っていたのだと鬼塚氏は解説している。財閥経営にも表と裏があって、裏の汚れ仕事を引き受けたのはヤクザであり任侠であるというのは、今の原発労働者が結局はヤクザによって手配されているという現実を知れば違和感はない。





引用者注
三菱の大陸進出を成り立たせたのがヤクザ・・・だから使われているだけだって。
中田君の論法で行くと、原発労働者を手配しているのがヤクザ、
つまり原発を成立させているのがヤクザであるということになりますよ。





(中田君による書評の続き)
 さらに、田中光顕は、三井の団琢磨が殺害された血盟団事件の実行犯である井上日召とも深い関係が有ることを、直接、井上日召の『一人一殺』(1953年)から引用することで明らかにしている。
 なお、血盟団事件といえば、若手評論家の中島岳志(なかじまたけし)が文藝春秋からそれを題材にした本を出している。高井徳次郎(桜田門外の変を指揮した水戸藩士・金子孫二郎の孫)が田中光顕の秘書をしており、高井が井上を田中に引きあわせたという記述がある。





引用者注
中島岳史の血盟団事件についての本は知りませんが、
確か『中村屋のボース』を書いた作家ですね。こっちは読みました。
私見ではF機関の謀略によるインド独立運動のうさん臭さを粉飾し、
頭山満を正義の味方のように描くために書かれたプロパガンダだと思いました。
この人はパール博士に関する著書も書いていますが、
事なかれ主義で本質からズレていると思います。






(中田君による書評の続き)
 井上は、『一人一殺』のなかに「田中光顕伯と私」という項目を設け、その中で「謀反をやる積り」という小項目を設け、田中光顕に「謀反」をやるつもりであると話したことを書いている。謀反とは、「一方には赤化思想を駆逐し、同時に財閥・政党の弊害を打破して、日本を根本的に改革する」計画のことだと井上は書いている。鬼塚はこの部分を長く引用しているが、井上の協力要請を聞いた田中光顕の返答は以下のようだったという。その部分だけを引用する。

(引用開始)
「そうか!」と伯は語気も強く「儂は今年で八十三になるが、まだ三人や五人叩き斬るくらいの気力も体力も持っている。君達もしっかりおやり!」と励まして、快く記名調印してくれた。そうして、私は大変御馳走になり、宮内省の腐敗を概(うれた)く話などを聞いた。(中略)爾来、私は光顕伯の知遇を得て、何事かあると、伯は「日召はどう云う意見だ?」とか「日召に相談したか?」と高井に言われたと云うことだ。私はこの知遇に感激していた。

井上日召『一人一殺』から
鬼塚英昭『日本の本当の黒幕』(下)219ページ
(引用終わり) 

 





引用者注
中田君、その個所は鬼塚英昭がデーヴィッド・バーガミニ『天皇の陰謀』より引用した、
次の説明の方が分かりやすいです。





デーヴィッド・バーガミニ
「血盟団とは、牧野内大臣の手下の大川博士がスパイ活動の名誉指導とも言うべき老蜘蛛の田中(光顕)の結構な諸機関を通じて接触していた三つの潜在的テロリストの組織の一つであった。」




鬼塚英昭はこれをテコに次のようなコジツケを展開しています。





鬼塚英昭
「バーガミニは田中光顕を『老蜘蛛』と呼んでいる。田中光顕がテロリストの組織を作ったボスであると認識している。牧野伸顕は田中光顕に脅迫され続け、後に一派に加わるようになったことは前章で書いた。大川博士こと大川周明の数々の本を読み解いて、大東亜戦争はどうして起こったのか、と真面目に論ずる学者は多いが、彼は『金』のために生きた男で、それ以上でも、以下でもない、全くの小物である。この本では省略したが、『三月事件』、『十月事件』においても、ただ、金のためだけに動いている。彼もまた、田中光顕の子分の一人であった。バーガミニの本を続けて読んで見よう・・・・」






いやいや、バーガミニは鬼塚英昭とは真逆の見解を述べています。
バーガミニが書いている『三月事件』のくだりを読んで私は眼から鱗が落ちました。
バーガミニは、徳川宗家御用達ライター中野雅夫がきれいごとを書いて、
必死に隠そうとしていた真相をあっさり暴露しています。
鬼塚英昭が本当にバーガミニを精読しているなら、
大川周明についてこんなボケを書く訳がないのです。
バーガミニは『三月事件』における大川周明の役割を次のように明快に述べています。
ちょっと長くなるけど引用します。






デーヴィッド・バーガミニ『天皇の陰謀』いいだもも訳より

 大川博士は、宇垣を中心の間抜け訳に据えた空想的な天皇制的ックーデタ計画の作成に着手した。このクーデタは実際に全く行われなかったし、およそ行うつもりもないものであった。それは全然新聞紙上に現れなかったばかりではなく、数年後までは、支配階級の話題の外に出ることもほとんどなかった。にもかかわらず、ちっぽけな島国的世界の内部では、やがて三月事件と呼ばれるようになった。それは、宇垣を没落させ、西園寺の自由を奪い、その後の七年間のために裕仁の国内権力に鋭利な武器を残したのである。

 大川博士は、黒龍会の一員として、一九三〇年の秋頃から、暗黒街の係累を集めていた。陸軍の参加者も同時に、皇族中の年長者で陸軍の長老、閑院宮元帥の手で準備された。軍人と該当の暴力団を一緒にして威嚇すれば、銃を操作したことも空手を習ったこともないような多くの日本人のすべてを脅迫することができる、と考えられた。この憲政的陰謀は、大川博士の匙によって早くかきまわされればかきまわされるほど濃さを増した。

 一九三一年一月の第二週のある日、宇垣陸相は政治家と一緒の昼食から事務室に戻る途中の陸軍省の廊下で、橋本金五郎陸軍中佐に呼びとめられた。橋本はやがてアメリカ史にも、一九三七年に揚子江でアメリカ合衆国の軍艦バネー号の撃沈を命じたということで姿を現す。橋本派、ちょうどトルコ駐在武官としても公務出張から帰ってきたところであった。彼は小民族におけるファシズムに関する理論に興味を惹かれていた。そこで彼は、宇垣にも『日本のケマル・アタチュルク』と呼びかけた。宇垣は彼と話すために立ち停まった。(ペリマリ注 ちなみに橋本欣五郎は若い士官たちの目の前で裕仁の写真を地べたにおいて放尿し、天皇なんかにビビってんじゃ革命は起こせねー、お前らビビるな!という極意を伝授している)

 橋本は、自分の挨拶の理由を説明するということで、小磯邦明少々の事務室にほんのちょっと寄って行くように宇垣を誘ったのである。腰オアは、陸軍軍務局長であった。そして法制上は宇垣の部下であったが、閑院宮元帥の古くからのお気に入りという周知の立場を背景にして、軍務局をほとんど独立的に運営していた。(バーガミニ注 一九四四年後半と一九四五年前半の神風特攻機で有名な暗黒の数箇月間の間、日本の首相として活躍するのは小磯である。)

 多くは隠語を使いながら、小磯少将は宇垣対象に、『陸軍中東』‐これは裕仁を婉曲に表現した言葉である‐が実現すべき歴史的使命を持っていることを暗示した。次いで小磯は参謀本部の目立たない一画に宇垣を連れ出し、第二舞踏、つまり情報部長の建川少将の事務室へ案内した。重々しい、眠そうな顔をした建川‐一九二八年の張作霖殺害にに際しては陰で閑院宮を操って北京の事後処理に当たった『名だたるポン引キ』‐」はお茶をのみながら、天皇裕仁は日本のだらだらした不潔な政治にうんざりしていること、国を浄化すべき秋がきていること、裕仁には、もし宇垣が陸軍を指揮してクーデターを起こすなら彼のような正直な将軍を受け入れる用意があることを、宇垣に口あたりよく示唆した。

 一九三一年二月の第一週になって、彼は小磯少将に、クーデタの実際の準備状況を見たいと言った。小磯は、彼の統轄下にある重要な課の責任者、三羽ガラスの第一人者永田を呼び出した。『永田大佐』、と彼は言った。『宇垣対象を天皇の将軍の地位につけるつもりで、クーデタの作戦計画を作ってくれないか。・・・・』『それは本物の計画ですか、それともまやかしの計画ですか?』永田はうさんくさげに訊ねた。『本物のように書いてくれ』、小磯は命じた。『それは南アメリカ流の悪い権力奪取方法です』永田は頭を振りながら言った。しかし二~三日後には命令通り、『ここに貴官の依頼により書いた創作あり』という軽蔑的な註釈をつけた一枚の紙を小磯の机の上にピシッと置いた。(ペリマリ注 これを数年の後、荒木貞夫大将が”金庫から見つけて手元に保管していた”と言って、軍事参議官会議で披露する。これが相沢三男による永田鉄山斬殺の直接の原因に繋がる。)

 最後に、このクーデタは火薬の中に基礎をおいているようなあぶなっかしいものだと考えた宇垣は、最も優秀な師団であり、クーデタ計画の中では国会制圧の候補にあげられていた第一思案の司令官真崎仁三郎中将に、さぐりをいれてみた。真崎の、国会制圧計画などまるで知らないし、天皇の文書命令もなしに『非合法活動』に参加するつもりも全然ないという断言に、宇垣はびっくり仰天してしまった。

 宇垣陸軍大臣が真崎の忠告のおかげでひどく動揺したことを面白くないと思った大川博士は、何はさておいても彼を口説きなおさねばならなかた。一九三一年二月十一日、大川は一夜宇垣を誘って、築地の金竜亭という料亭へ行き、芸者をあげて歓談した。そこは東京でも最も高級料理屋の一つで、牧野内大臣が愛用していた。・・・二月十三日を期して、宇垣は大川博士のお膳立てで、ある種の社交場の旋回を開始した。

 まず二月十三日には、バーデンバーデンの三羽烏の中では三番目にランクされていた岡村寧次大佐から始めた。つづいて二月二四日には、裕仁と蒋介石の仲介者で信任が厚く、またあらゆるところで顔の広い鈴木(貞一)中佐と昼食を共にした。数日後には、鈴木のパトロンで、大正天皇の総理大臣桂太郎の庶子、大物の侯爵井上三郎大佐と夕食を共にした。その翌日は貴族院における摭氷魚の指導者近衛侯爵邸に招待を受けている。そして最後に宇垣は、近衛の紹介で、皇后の姻戚の有馬伯爵邸の正餐の席に連なっていた。(ペリマリ注 個人的には近衛文麿に関するこの記述はプロパガンダだと思っています)

 宇垣は、上流社会での二週間を過ごしたのち、一九三一年二月二六日には、大川博士や金竜亭の芸者と二度目の一夜を過ごすためにもとの世界へ戻った。彼は従来以上に大川博士への尊敬の念を深くしていたが、疑問は氷塊していなかった。大川博士の起草している宣言はどうなったのか?大川博士の約束した人民大衆の協力を集めるためには何がなされているのか?

 口の達者な大川博士は次のように宇垣に保証した。宣言は執筆中であり、陰謀の地下網は、きのこの根のように人民の間に広がりつつある。同時に、もしもこの自分が、偉大な宇垣大将がクーデタ政府の首班を約束してくれたと新参加者たちに言うことができれば、それがまた大きく準備を促進することになるだろう。

 宇垣はその晩を、酒を飲み、芸者遊びを楽しみ、この宴会に遅れてやって来た陸軍青年将校たちと話をして過ごした。青年将校の中には、バネー号撃沈責任者の橋本中佐も含まれていた。今や酔いつぶれんとして芸者に膝枕をしている宇垣の耳に次のような得意への声は入った。『われわれの計画がしくじって天皇の御賛意を得られないようなことになれば、俺は御前で腹をかっ切ってやる』

 宇垣は完全に有罪ということになってしまっていた。彼は玉座を困惑させるための脅迫を行ってしまっていた。彼は大逆罪を犯してしまったのである。

 このことこそが、三月事件の筋書作者の必要としていたこと‐宇垣を政界から追放することができ、彼の生涯の残りを閉ざしてしまうのに十分なこと‐であった。・・・・その後の三日間、大川博士は落着きはらって金竜亭で酒を飲み続け、伝票には『徳川男爵の名前でサインをした。」

以上抜粋。




大川周明は二二六事件でも徳川宗家に乞われて活躍しています。
この三月事件の実態(牧野伸顕と内通している大川周明がシナリオを作成、
橋本欣五郎、小磯国昭、建川美次らが天皇の名を騙り、クーデターを唆している)は、
二二六事件を検証する際に大変参考になると思います。
長くなったので今回はこの辺にしておきましょう。
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